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日本の今を考える
第7回 公務員に対する懲戒処分を考える (01/05/31)
登場人物
 A……「普通の国」を目指す公務員志望の学生
 B……外交官志望の学生
 C……志望官庁未定の公務員志望の学生
 T……3人の先生
T 最近、外務省の機密費の流用問題を巡って、田中外務大臣は外務省幹部の再処分を考えているようですが、今日はこの点について検討しましょう。A君、この点についてどう考えますか?
A できると思います。懲戒処分も行政処分の一種である以上、取消自由の原則により、前の懲戒処分には事実誤認があるから、成立上の瑕疵(かし)があるとして、職権でそれを取消し、改めて正しい懲戒処分を行うことができると思います。 
B 僕はできないと思います。不利益処分なので、一事不再理の問題が生ずると思います。
T 懲戒処分に一事不再理の問題は生じますか?
B 服部外務報道官は「一事不再議の問題もあり、再処分はできない」と5月23日の記者会見で外務大臣に反論していますが……。
C 懲戒処分に一事不再理の問題は生じません。一事不再理の問題が生ずるのは刑事処分の場合です。懲戒処分も行政処分の一種である以上、一事不再理の問題は生じないと思います。なるほど、憲法31条については成田新法事件、35条と38条については川崎民商事件で、刑事手続の規定が行政手続にも準用される余地のあることを最高裁は認めています。しかし、39条が行政手続にも準用されるとする判例はありません。
T では、前の懲戒処分を取消すことができるとする根拠はどこにありますか?
A 国家公務員法に規定はありません。しかし、行政処分は法律に規定がなくても、法律による行政の原理と合目的性の見地から、法律に反する処分と不当な処分は自由に取消できるとするのが判例・通説です。
T そうですね。
B と言うことは、服部外務報道官は刑事処分と行政処分を混同していたと言うことでしょうか?
T どうも、そのようですね。5月30日には釈明の記者会見をしていますから。
C まさか嘘をついていたとか……?
T 行政法学者を含む一般国民に発表している以上、それはないと思います。むしろ無断で記者会見をしたり、「記者会見をするな」という大臣の職務命令に違反して記者会見をするほうが、むしろ問題だと思います。
A 職務命令違反は、命令に重大・明白な違法がない限り、懲戒処分の対象になりますよね。
T そうです。ところで、前の懲戒処分を職権で取消し、改めて懲戒処分を行うにあたって注意すべき点は何でしょうか?
C 事実関係の正しい把握が必要です。職権取消には合理的な理由が要ります。また、懲戒処分に当たっては、処分事由を説明した説明書の交付が必要です。
T そうですね。事実関係を解明するに当たっては、職員の協力、それが期待できなければ、検事出身の弁護士あたりの協力が必要かもしれません。
B 先生は、「再処分」に賛成ですか?
T 事実関係を把握していないのでわかりませんが、外務省の機密費の流用はおそらく以前から、ひょっとして戦前から伝統的に行われており、今回処分の対象となった幹部はトランプの「ババ抜き」の「ババ」を掴まされたようなもので、それほど責任を痛感していないのではないでしょうか? 事実関係を再調査して、重い処分を課すことも大事だと思いますが、今回の処分のままにして、事実関係の解明に協力させ、今後の合理的な機密費の決定や運用、またはチェック体制の整備に役立てることも大事かと思います。報道を通じてしか知りませんが、柳井駐米大使(前事務次官)なんかは、外交官として日本の国益に充分貢献していると思います。最終的には、大臣の高度の政治的判断によりますが。
C 川島事務次官は事実関係の報告に消極的なようですが……。
A それは程度がひどければ、職務命令違反として懲戒処分の対象になると思います。どうも事務次官は、国民・国会・内閣総理大臣・外務大臣と、外務大臣が間接的ながら主権者たる国民の信託を受けた存在であるという発想に乏しいように思います。
T そうですね。外務事務次官と言えども、外務大臣に任命権と懲戒権があり、それが自己の民主的正統性の根拠となっている点の理解が乏しいかもしれませんね。
B でも、外交の継続性は重要ではないでしょうか?
C その点は、僕もそう思います。しかし、田中大臣は次の選挙で国民の審判を仰ぐのに対して、外務省幹部は国民に直接に責任を負いません。
T そうですね。いつも言っていますが、日本のキャリア官僚は、10年に1度は民主的統制を受ける裁判官よりも独立しています。
B と言うことは、キャリア官僚は大臣の言いなりのほうが、国民主権の立場からは望ましいと言うことでしょうか?
T 基本的にはそうです。ただ、「言いなり」というのは違っていて、外交の専門家としての立場から大臣とは別の見方を提示したり、大臣に適切なアドバイスを与えることは非常に必要だと思います。ただし、別の見方やアドバイスは専門家として正確で的確なものでなければなりません。また、最終的には、大臣の意見に従う必要があります。
 いずれにしても、今回の外務大臣と外務省幹部の対立は、いろいろなことを考えさせてくれました。今後の動向にも充分注目したいところです。
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