第8回 |
公務員に対する懲戒処分を考える(2) |
(01/06/05) |
登場人物
A……「普通の国」を目指す公務員志望の学生
B……外交官志望の学生
C……志望官庁未定の公務員志望の学生
T……3人の先生
T 外務大臣と外務省幹部の対立はますます激化しているようです。前回に続いて、この問題を掘り下げて考えてみましょう。B君、その後どうでしょうか?
B 外務省幹部の再処分なのですが、刑事処分に関する憲法39条前段後半と後段は、やはり懲戒処分のような不利益処分には準用されるのではないかと思うのですが……。
T 憲法39条前段後半と後段についてはどのような考え方がありますか? わかる人?
A はい。一事不再理を定めたとする説、二重の危険の禁止を定めたものとする説、一事不再理と二重処罰の禁止を定めたものとする説が対立しています。判例は一事不再理と二重の危険の禁止を明確に区別していません。
T そうですね。では、憲法39条前段後半と後段は、懲戒処分に準用できますか? C君。
C 前に言ったように、懲戒処分に紛争の蒸し返しは許さないとする一事不再理の問題は生じないと思います。一事不再理は既判力を前提としますが、懲戒処分は行政処分の一種で、既判力に相当する実質的確定力はなく、取消は自由のはずです。
T では、二重の危険の禁止とか、二重処罰の禁止との関係からはどうでしょうか?
C 同一の行為に関し、二重の危険の禁止にさらすとか、二重に処罰するというのは、たとえ懲戒処分でも許されないと思います。しかし、成立上の瑕疵(かし)のある前の懲戒処分を取消し、新たな処分をするのは、二重の危険の禁止にさらすとか、二重に処罰するという訳ではありません。法適合性と合目的性の見地から、前の懲戒処分を取消は自由に許されるはずです。前の懲戒処分は取消により遡及的に消滅します。
T では、常にそうですか?
A 大臣の懲戒処分に対して、処分を受けた公務員が人事院に対して審査請求をし、人事院が公務員の言い分を認める認容裁決をした場合は、拘束力が生じますから、大臣はこれに従わなければならず、もはや取消もできないし、取消訴訟を提起することもできなくなります。
T そうですね。
B まだ、その段階まで行っていませんね。でも、外交に素人の外務大臣が人事権と懲戒権を持つというのはちょっと……。
A 国民・国会・内閣総理大臣・外務大臣と、外務大臣が間接的ながら主権者たる国民の信託を受けた存在である以上、やむを得ないことだと思います。外務省職員は大臣の指示に従って動くことにより、国民主権原理に適合すると思います。
B しかし、政府の公式見解に反する個人的意見を述べて、外交の混乱を招くのはどうかと思います。現に、BMD(弾道ミサイル防衛)に関してイタリア外相やオーストラリア外相に中国寄りの発言やブッシュ大統領の支持母体に問題がありゴア氏のほうがよかったなどという発言を繰り返す田中外相は、外務大臣としての資質に欠けると思います。
A 僕はそのようには思いません。アメリカの言いなりになる必要は決してないと思います。ただ、日米関係を著しく損なうのであれば、小泉総理大臣が田中外務大臣を罷免すればすむことです。
C 僕はBMD(弾道ミサイル防衛)についてはアメリカでの世論が固まっているわけではないし、外務大臣の発言も日米の協力関係を大前提に、BMDについても徒に中国を刺激しないように一定の歯止めをかける文脈の中から出てきた発言で、政府見解の枠内に充分収まると思います。また、大統領が支持母体の影響を受けるなどというのは極当たり前のことです。問題は、なぜ外交上秘密とすべき田中外相の発言が表面に出てきたのかということです。
T 確かにそうですね。政治的背景は一応置いておいて、どういった点が法的に問題となりますか?
A 公務員の守秘義務に反する思います。しかも実質的秘密です。これを漏らせば、懲戒処分の対象になります。
B 国民の知る権利からするとそのくらいの情報は漏れても、むしろ望ましいのでは? 情報公開法が根拠とする国民主権の観点からも望ましいと言えます。
T では、実際に情報公開法との関係ではどうでしょうか?
C 確か不開示情報のはずです……。5条3号にありました。他国との信頼関係が損なわれるおそれのある情報は不開示です。しかも、それに該当するかどうかの判断は大臣の裁量に任されています。
T そうですね。
A 機密費流用問題では外務大臣に情報を隠し、今回の秘密にすべき外相会談の内容が漏れるというのは、組織として、公務員の本来の在り方として、かなり問題があると思います。
T そうですね。
B 僕も機密費流用問題で情報を隠すというのは、問題があると思います。外務省OBの達増(たっそ)拓也代議士は、侮辱的な言葉を含む田中外相批判をし、一般には外務省をかばったと見られていますが、実は、彼は機密費を半額にせよと主張しています。
T 前も言ったように、事実関係を解明することにより、実際どれくらい本当に機密費が必要なのか、検討することが重要ですね。
C 先生と同意見です。野党は、外務省の組織改革については共闘できるはずで、たとえ田中外務大臣の資質とか、外交上の不手際を理由に辞職に追い込んでも、もっと組織改革に不熱心な人が外相に就任する可能性すらあります。
A 僕もそう思います。田中外務大臣の資質とか、外交上の不手際を追及するより、対案を示すような形で追及したほうが国民の支持を得ることもできるのではないかと思います。外相会談での発言は自由党はともかく、むしろ野党の見解に近いのではないかと思いますが。
T この問題は、外務省内部の四島返還論と二島(先行)返還論の対立、中国重視派と米国重視派との対立、橋本派と田中家との対立とも絡み合い、今後どうなるか全く予測がつきません。
しかし、あくまで人事・組織の問題と外交問題を分け、与野党は問題点の所在と一致できる点を明確にし、今後の外務省と外交の改革に生かすべきだと思います。
日米首脳会談までの今後の動向にも充分注目しましょう。
|