![]() |
[ HOME>日本の今を考える>『この国のかたち』を考える ] |
![]() |
||||||||||||
『この国のかたち』を考える |
||||||||||||
|
過去の歴史を書き換えることはできても、過去の事実そのものを変えることはできない。しかし、人は今に生き、未来を創造できる。 |
||||||||||||
|
||||||||||||
はじめに令和8年1月19日(月)、高市内閣総理大臣は1月23日(金)に衆議院を解散することを表明(注:月曜日の19日に表明したのは、土曜日の17日が阪神淡路大震災の発生した日で土日の慰霊を優先したとのことである)し、23日に衆議院を解散した。 この解散については、「大義なき解散だ!」とか、「なぜ今の時期に?」という批判や疑問がある一方で、「衆議院の解散は総理(内閣総理大臣)の専権事項だ」とか、「今の時期に解散するのには十分な合理的な理由がある」という反論もあった。 大義なき解散か、今の時期に解散するのには合理的理由があるか、という点の是非については後日、論じるとして、ここでは本当に「衆議院の解散は総理(内閣総理大臣)の専権事項」なのかについて、検討する。 答えは、半分誤りで、半分正しいである。言い換えると、憲法の条文上は誤りであるが、実質的には必ずしも誤りではないということになる。 憲法の条文上は「衆議院の解散は内閣総理大臣の専権事項だ」は誤りである。衆議院の解散については、憲法69条の場合の他に7条に基づいて内閣が衆議院を解散できるという説が通説である(憲法慣習でもある)。 69条は「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。」と規定しているが、内閣が衆議院で不信任の決議案が可決されたときに総辞職することは例外で、普通、内閣は衆議院を解散する。しかし、衆議院で不信任の決議案が可決されることは滅多になく(注:衆議院での内閣信任決議案の提出・否決は皆無)、69条解散は極めて稀である(議院内閣制の下では与党が分裂するような場合でない限り無理である)。 衆議院の解散は69条解散に限定されるとする説(69条限定説)もあるが、主権者である国民の意思が国会を通じて内閣に反映される機会が著しく限定されるので、通説は7条解散を認める(7条説)。7条説は、衆議院の解散は天皇の国事行為である(同条3号)が、柱書の「内閣の助言と承認」を根拠に衆議院の解散の実質的決定権は内閣にあるとしている(7条説は憲法慣習となっている)。なお、69条解散の決定権者も内閣である。 したがって、「衆議院の解散は総理(内閣総理大臣)の専権事項だ」とするのは誤りで、「衆議院の解散は内閣の専権事項(権能)だ」とするのが正解である。 「衆議院の解散は内閣総理大臣の専権事項(権能)だ」として、国家公務員試験、地方公務員試験などを受けると、不正解となってしまうので、要注意である(時々、出題もされている。内閣総理大臣の権能と内閣の権能を区別することが、試験対策上とても重要である)。 憲法解釈上、「衆議院の解散は内閣総理大臣の意思により(実質的に)決まる」ので、「衆議院の解散は総理の専権事項だ」というのは、必ずしも誤りではない。しかし、憲法68条によると、内閣総理大臣には国務大臣の任免権(任命権と罷免権)がある。衆議院の解散は、内閣の権能であるから、閣議(注:全員一致が憲法慣習である)が必要であるが、内閣総理大臣は、衆議院の解散に反対の国務大臣を自由に(注:閣議決定は不要である)罷免することにより、全員一致で閣議決定できる。 すなわち、衆議院の解散は内閣の権能であるとしても、内閣総理大臣が衆議院の解散を決定すれば、たとえ反対する国務大臣がいても、その国務大臣を罷免することにより、容易に全員一致の閣議決定を得ることができるので、内閣総理大臣は、実質的に、自由に(ただし、全くの自由かは争いがある)衆議院の解散を決定できる。その結果、実質的には「衆議院の解散は内閣総理大臣の専権事項である」ということもできなくはない。 最後に繰り返しになるが、「衆議院の解散は総理(内閣総理大臣)の専権事項である」という政治家や評論家の主張は、憲法の条文には忠実ではないが、憲法解釈の結果、必ずしも誤りとまではいえない。 しかし、憲法の条文には忠実ではない以上、各種試験では誤りとなるので、特に受験生には注意を促したい。
|
||||||||||||
| ©2026 The Future |