『小倉昌男 経営学』(小倉昌男、日経BP出版センター) 1400円+税
著者は「ヤマト運輸」元社長。規制緩和論のチャンピオンである。
本書は机上の経営学の本ではない。国と闘いながら「ヤマト運輸」を業界トップにした実践の経営学である。彼は昭和30年代から40年代前半にかけて各種のセミナーや講演に参加し、試行錯誤をしながら宅急便を開発していった。理論(経営哲学)と実践(経営)を兼ね備えた経営者であったと評価できよう。
仙台から青森まで路線免許を延長するのに5年(昭和56年〜61年)、福岡から熊本経由で鹿児島までは6年(昭和55年〜61年)もかかったという話は、不作為に対する不服申立てや違法確認の訴えな
ど行政法の生きた教材となる。実は、私は昭和55年頃と思うが、夏休みか冬休みに試験勉強のための本を郵便小包で東京から福井まで送ったのだが、4〜7日もかかり、おまけに当時はカバーつきであった有斐閣双書(皮肉にも今村『行政法入門』と記憶している)の右上の角がグニャリとつぶれていたので、えら
く立腹し、家族を驚かせたことを思い出した。当時は、郵便小包の日数がかかることも荷物が多少痛むことも当たり前だったのである。もちろん、「ヤマト運輸」が運輸省を相手に闘っていたことは当時の私は知
らなかった。
昭和51年には郵便小包の1パーセント以下の実績しかなかった「クロネコヤマトの宅急便」は、闘いに事実上勝利し、現在は、日通のペリカン便や郵便小包の2倍以上、宅配市場の3分の1以上のシェアを占
めるに至っている。それは、本書にあるように絶えず消費者の心を巧みにつかむ戦略を実践したからであろう。
吉野家の単品主義に学び大口契約者から個人宅配市場に転換する話や労働組合を経営に生かすという話も興味深い。V9を知るかつてのジャイアンツファンとしては、打順や守備のバランスも考えず、ピークを過ぎたと思われる有名選手をお金に物を言わせてかき集め、自球団の選手強化を怠っている読売巨人軍の経営者・指導者にも、自球団と球界全体のレベル・アップのため是非読んでもらいたいと思う。
受験生、特に、運輸省と郵政省の志望者には関係する部分だけでも官庁訪問の前に読んで行政のあるべき姿を考えてもらいたい。また、第15章「経営リーダー10の条件」は21世紀のキャリア・エリートを目指す人すべてに必読である。ここで筆者は、論理的思考、時代の風を読む、戦略的思考、攻めの経営、行政に頼らぬ自立の精神、政治家に頼るな・自助努力あるのみ、マスコミとの良い関係、明るい性格、身銭を切ること及び高い倫理観を挙げている。「あとがき」では、リストラと言う名の社員の首切りを戒めると
ともに公的資金が導入された銀行の行員の2割給料引き下げを主張している。我々のような若輩者が言う
には憚れるが、彼ほどの経験の重みがあれば説得力も増す。
現在、著者は私財で設立した「ヤマト福祉財団」の理事長として無報酬で障害者の自立支援に当たっているという。彼は20世紀後半の歴史に残る日本人の一人と評価されよう。
(00/01/07 渡辺一郎)
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