[ HOME受験に役立つ書籍・ビデオ>『日本の警察』 ]
受験に役立つ書籍・ビデオ
『日本の警察』(佐々淳行、PHP新書) 657円+税

 副題は、「『安全神話』は終わったか」である。
 著者は、「危機管理」のワード・メーカー、第一人者である。三重県警本部長、防衛施設庁長官などを歴任した警察庁・防衛庁キャリアOBでもある。したがって、本書は、警察庁OBの立場から書かれている。第1章「『安全神話』を築いた日本の歴史」では、彼や彼の上司であった後藤田正晴氏の経験・発言を踏まえ、日本の警察の長所が具体的に書かれている。また、第2章「犯罪の多様化と警察の課題」では、増加する犯罪の一方で、検挙率が低下していることに対して、人員の増加と捜査方法の変革を主張されている。また、時代遅れの法律を改正する必要性を力説すると同時に、警察権力の自己浄化作用と広報活動の重要性を力説されている。
 第3章「科学捜査の先進国」、第4章「交通事故死一万人の悲劇」および第5章「暴力団から市民を守る」は、現役の警察庁キャリアの執筆によるものであるが、現在の警察の置かれている状況がよくわかる。
 最後の第6章「二十一世紀の『護民官』」では、筆者と國松孝次元警察庁長官との対談が掲載されている。興味深いのは、「犯罪組織の資金源を断つ」という点である。たとえば、國松氏によれば、警察にとって通信傍受法よりも没収規定の拡大のほうが、警察にとって組織犯罪対策の「強い武器」になるという。また、国税当局と協力して、お金を追及することにより、犯罪組織を弱体化するという戦略も、アメリカでもアル・カポネを追い込んだ有効な手段であるという。これは、「刑罰を加えればそれで終わり」という従来の発想の転換を促すもので、民事上の責任追及まで視野に入れると、今後の犯罪者に対する責任追及を考える上で参考になる。
 ただ、気になる点が2点あった。
 まず、第一に、筆者(佐々氏)と國松氏が、ともに「民事不介入の原則」(さらには行政法の学者)を警察の活動を阻害する要因として、槍玉に挙げている点である。しかし、そもそも、この原則は、公共の安全と秩序の維持(保安警察)のみならず交通・衛生・産業・労働等(現在の警察組織の権限から外れている)を含む広い意味での行政警察(憲法で言う消極目的の規制)に関する原則の一つであって、犯罪の捜査・被疑者の逮捕等の司法警察(これは警察組織の権限)に関する原則ではない。また、原則であるから例外もあり、保安警察(保安警察。これも警察組織の権限だが)といえども「公共の安全と秩序の維持に直接関係」のある場合は、警察権の発動も認められるのである(『行政法の争点』92「民事不介入」藤田宙靖論文・参照)。従来は、司法警察の発動(刑法・刑事訴訟法の解釈による)が遅すぎたのと、保安警察でも原則と例外の線引きが曖昧だったのではなかろうか?
 第二に、気になる点としては、國松氏が「日本でノンキャリアが出世できる可能性がいちばん高い役所は警察」だとしている点である。しかし、23万人分(全体)の500人(キャリア)という数字の前でどれだけ説得力があるか?、疑問も残る。むしろ、これからはどの行政組織でも両者の区別がなくなる実力主義の時代になるとか、ノンキャリアの人達を盛り立てなければキャリアは出世できない、との主張に説得力を感じた。
 副題の「『安全神話』は終わったか」に対する筆者の直接の答えはない。しかし、国T受験生の間では、いまなお警察庁の人気は非常に高い。「『安全神話』は終わったか」かどうか、その答えは、これから警察組織に入る若い力と、黙々と与えられた仕事をこなしてきた警察職員(キャリア、ナンキャリアを問わない)の努力、冷静に警察の在り方を考える一般国民の信頼と監視にかかっているのではないだろうか。

(00/08/10 渡辺一郎)
©2000 The Future