40人学級か30人学級か?(4) |
(2000/9/6) |
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前回の続きで、このテーマは今回で終了のつもりである。
ともあれ、5年生は2学期からは4クラスになった。1人増えた担任の先生には、今まで算数の専科だった先生が就任した。新たに赴任してきた先生は2人である。5年生の枠1人に加え、学校の規模が大きくなったので、学校全体でもう1人補充されたのである。いずれも待望の20代の先生(非常勤)である。1人(男の先生)は高学年の算数の専科、もう1人(女の先生)は低学年の生活科と音楽を担当するとのこと。その結果、長女のみならず、2年生の次女も恩恵をこうむった。反対の大合唱の中、少数派の校長先生を支持すべく、夫婦で賛成の意見を述べ、反対派の矢面に立たされ、無言電話を受けて、頑張った甲斐があった。校長先生は、「若い先生が増えて、活気があっていいね!」と無邪気に喜んでいたとのこと。
一連の過程で思ったこと。
第一に、現行制度の1クラスの上限40人は多すぎる。しかし、仮に人数を減らして上限を30人にしても同じような問題が発生する。120人から121人に増えた場合、現行法のように上限を40人とすると3クラスから4クラスになるが、仮に上限を30人としても4クラスから5クラスになってしまう。1クラスの上限を減らして、かつ、クラスの人数が増えても1年間は原則としてクラスの再編はしないようにしたほうが望ましい。また、「教育改革国民会議」の第2分科会の審議の報告にもあるが、学級人数や学級編成について校長の裁量を大幅に認めるのもよいかもしれない。しかし、自治体の財力による格差が生じるおそれもあるので、現行法の上限をまず40人から(30人は財政的にも可能と思うが、それでも無理と言うなら)35人に下げるべきだと考える。
第二に、先生の権威が低下して、母親の発言力が増し、オヤジの影が薄い。第1回の説明会に参加した父母のうちオヤジは私1人であった(来るはずであったPTAの会長さんはなぜか欠席していた)。校長先生に質問するお母さんの口調は、あたかも夫婦喧嘩において妻が夫を詰問する如くであった。それを聞きながら、私は、長女が1年生の時、給食の試食会に参加した時のことを思い出した。20代の栄養士の先生が必死で説明しているのに、100人を超えるお母さん方(オヤジは5人もいなかった)が、ペチャペチャ隣の人としゃべり続け、全く聞こえなかったことを……。恐るべきは、ウーマンパワーである。今回のことを全国紙に実名入りで投書しているお母さんもいたのには私も驚いた。
第三に、第二点とも関連するが、学校にも問題がある。説明会を2回とも平日の午後に開いているからである。オヤジが参加しようにも通常無理である。教育は母親だけの責任ではない。先生も「全体の奉仕者」(憲法15条2項)である以上、土日の1日くらい休むのを我慢して、オヤジにつきあう必要がある。かえって、オヤジに来てもらったほうが、校長先生の意見はスンナリ受け入れられたかもしれない。
第四に、反対派のお母さんの怒りの方向が間違っている。校長先生や賛成派の私達を恨むのではなく、制度に問題があるのだから、それを変更するように努力すべきなのである。校長先生は、現行の制度に則り、処理したにすぎない。120人で4クラスに4月からしてしまうこと(「それを、なぜやらなかったのか」というお母さん方が多かった)は、現行の制度では、文書を偽造しなければ無理(犯罪である。刑法156条)だし、懲戒処分を受けてしまう(地方公務員法29条)。121人になっても3クラスのままで行くことは可能だが、申請すれば4クラスにできる。校長先生の裁量といってもそれだけなのである。こんな硬直的な制度を改めるべく国会議員・政党・国会に働きかけるしかないのである。おかしいと思っているのは私達も同じなのである。
第五に、多数決の適用領域と限界を考えた。真理は多数決では決められない。物理や数学の発見や公式は、最初は1人の天才のみが知っているにすぎない。「天才は孤独である」。一般大衆が知ろうと知るまいと真理は厳然として輝いている。天動説を多数決で決めようと、地動説が真理である。真理を多数決で決するのはナンセンスである。では、今回の場合は、どうか? このケースは多数決になじむ事柄である。だったら、反対派が多いのだから、3クラスのままでいいのかというと、そうではない。法律では、4クラスにできる。すでに法律という形で結論が出ているのである。それが不満ならそれを改正すべきなのである。国会の多数決が優先するのである。現場の意見を反映させたかったら、法律の枠を緩めればよいのだ(困難だが……)。
第六に、今回のことでは、クラス再編に賛成の人も反対の人も傷ついた。反対の人は特にそうだろう。反対する人が多かったのに……と思っているだろう。また、現行制度が納得できないと思っている人も少なくないと思う。しかし、校長先生に裁量はほとんどないといっても、一クラス増やすことを申請するか否かの裁量はあった。私達は自分たちの経験と校長先生の経験・判断・人柄を信じて、リスクはあるがメリットが多いと賛成したのだ。その辺を反対派の人に充分理解してもらえず曲解されたのは残念であった。
ともあれ4クラスになった。担任は前と同じ先生で私達夫婦は安心した。1年生からずっと一緒だったNちゃんとは別のクラスになってしまったが、クラスの約半数が今まで同じクラスだったことのある子で、特に違和感はないとのこと。旧3組の子は、また同じ担任だった子はワーイと声をあげて喜び、違った子は(母親も)泣いていた、とも聞く。旧3組の担任は、きっとこどもや母親の心を掴むのが上手な先生なのだろう(私には苦手なタイプだが……)。彼は、散らばっていった子にも気を配り、新たに入った子にも愛情を注ぎ、自己クラス中心主義から脱却し、集団指導体制を承認し、教師として一皮剥けるかもしれない。
運動会も近い。大人達の葛藤はあった。しかし、こども達は新しい状況に順応して、日々成長していくことだろう。 |
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