【判旨】
1.原審(福岡高判平8.7.30)
「控訴人は、控訴人がアナウンサーとしての業務に従事する労働契約上の地位にあることの確認を求めるものであるところ、控訴人に右のような地位があるというためには、本件労働契約においてアナウンサーとしての業務以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種の限定が合意されることを要し、単に長年アナウンサーとしての業務に就いていたのみでは足りない…
アナウンサーとしての業務が特殊技能を要するからといって、直ちに、本件労働契約において、アナウンサーとしての業務以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が成立したものと認めることはできず、控訴人については、本件労働契約上、被控訴人の業務運営上必要がある場合には、その必要に応じ、個別的同意なしに職種の変更を命令する権限が、被控訴人に留保されているものと解するのが相当である。
…本件労働契約が締結された当時、右契約上、控訴人がアナウンサーとしての業務に従事する地位にあったものといえないことは明らかである。
さらに、控訴人は長年にわたってアナウンス業務に従事してはいたが、そうであるからといって、当然に、アナウンサーとしての業務に従事する労働契約上の地位が創設されるわけではなく、本件労働契約が職種限定の趣旨に変更されて初めて右のような地位を取得することになるものと解されるところ、控訴人については、本件労働契約の締結後に、右のような職種限定の合意が成立したことを認めるに足りる直接の証拠はないし、前認定の事実経過からいっても右合意の成立は考えられない
(控訴人は、予備的請求において、第一次配転に先立ち、前記小林謙一が控訴人に対し報道局情報センターに異動した後もアナウンス業務に従事することを保証したと主張しており、これは職種限定の合意の主張と解されないではない。
しかし、前認定の小林謙一の発言自体からいっても、同人が控訴人に対しアナウンス業務に従事することを保証したとまではいえない上、アナウンス業務の激減する部署に異動させるのに、今までなかった、アナウンス業務に職種を限定する合意がなされたとするのはいかにも不自然であって、そこに職種限定の合意を認めることはできない)。」
2.上告審(最判平10.9.10)
「原審認定の事実関係の下では、その判断は正当として是認することができる。」
【判例のポイント】
1.アナウンサーとしての業務に従事する労働契約上の地位があるというためには、労働契約において「アナウンサーとしての業務以外の職種には一切就かせない」という趣旨の職種の限定が合意されることを要し、単に「長年アナウンサーとしての業務に就いていた」のみでは足りない。
2.アナウンサーとしての業務が「特殊技能」を要するからといって、直ちに、労働契約において、アナウンサーとしての業務以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が成立したものと認めることはできない。
3.本件労働契約上、被控訴人(TV局)の業務運営上必要がある場合には、その必要に応じ、「個別的同意なし」に職種の変更を命令する権限が、被控訴人に留保されている。
【ワンポイントレッスン】
本判決に対しては、「20年以上の長年にわたりアナウンサーに従事してきたという事実を軽視している」という学者の批判もある。
しかし、自分を「経営者」の立場に置いた場合、経営上の都合で配転を行うのは当然であり、単に長年やってるという事実だけで労働者に配転命令を拒める権利が認められてしまったら、経営者は商売にならない。
労働者は、好きな仕事をやりたいなら、自分の仕事の精度を極限まで上げて、実力を経営者に認めさせるのが、スジである。
小泉新首相も、日本経済の「構造改革」につき、職業紹介の完全自由化等、雇用流動化を促進する方針を示しており、現在の社会状況も考え合わせると、本判決の立場は、妥当といえる。
〔関連最新判例〕ケンウッド事件
東京都内の事業所間の異動で、通勤時間が長くなり、子供の保育に支障が出ると女性職員が訴えた事例につき、最判平12.1.28は、
「被上告人は、個別的同意なしに上告人に対しいずれも東京都内に所在する企画室から八王子事業所への転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。
もっとも、転勤命令権を濫用することが許されないことはいうまでもないところであるが、転勤命令は、業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても不当な動機・目的をもってされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、権利の濫用になるものではないというべきである…
本件の場合は…八王子事業所のHICプロジェクトチームにおいては昭和六二年末に退職予定の従業員の補充を早急に行う必要があり、本社地区の製造現場経験があり四〇歳未満の者という人選基準を設け、これに基づき同年内に上告人を選定した上本件異動命令が発令されたというのであるから、本件異動命令には業務上の必要性があり、これが不当な動機・目的をもってされたものとはいえない。
また、これによって上告人が負うことになる不利益は、必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない。
したがって、他に特段の事情のうかがわれない本件においては、本件異動命令が権利の濫用に当たるとはいえない…
したがって、本件異動命令に従わなかったことを理由としてされた本件各懲戒処分には、所論の違法はないものというべきである。」と判示した。 |
【試験対策上の注意点】
択一対策として、「配転命令」については、本判決のほか、東亜ペイント事件(最判昭61.7.14)、日産自動車村山工場事件(最判平元.12.7)、ケンウッド事件(最判平12.1.28)を押さえておこう(判例六法・労働基準法第2章10/12/13番)。