【判旨】
「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである…
右は、医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはなく、経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の右不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。
患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であり、前記因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない。
これを本件について見るに、原審は、被上告人が当時の医療水準に応じた注意義務に従って進につき肝細胞癌を早期に発見すべく適切な検査を行っていたならば、遅くとも死亡の約六箇月前の昭和六一年一月の時点で外科的切除術の実施も可能な程度の肝細胞癌を発見し得たと見られ、右治療法が実施されていたならば長期にわたる延命につながる可能性が高く、TAE療法が実施されていたとしてもやはり延命は可能であったと見られる旨判断しているところ、前記判示に照らし、また、原審が判断の基礎とした甲第七九号証、第八八号証等の証拠の内容をも考慮すると、その趣旨とするところは、進の肝細胞癌が昭和六一年一月に発見されていたならば、以後当時の医療水準に応じた通常の診療行為を受けることにより、同人は同年七月二七日の時点でなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められるというにあると解される。
そうすると、肝細胞癌に対する治療の有効性が認められないというのであればともかく、このような事情の存在しない本件においては、被上告人の前記注意義務違反と、進の死亡との間には、因果関係が存在するものというべきである。」
【判例のポイント】
1.医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば、患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定される。
2.患者がその時点の後いかほどの期間生存し得たかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であり、因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない。
3.当該事例につき、医師の注意義務違反(不作為)と患者の死亡との間の因果関係を認めた。
【ワンポイントレッスン】
悪性の癌を患うと、遅かれ早かれ天寿を全うできずに死亡する。すると、治療してもどうせ死ぬんだから、医者の怠慢と患者の死亡の間に因果関係がないようにも思える。
しかし、きちんと検査して癌を早期発見し、適切な治療を行えば、少しは長生きできたはずである。つまり、医者の怠慢がなければ「その時点における死亡」という結果はなかったといえる。
そのような観点で、本判決は因果関係を認めている。
【試験対策上の注意点】
択一の不法行為(709条)で出題される可能性がある。判例の立場を押さえておこう。