【判旨】
「盗品又は遺失物(以下「盗品等」という。)の被害者又は遺失主(以下「被害者等」という。)が盗品等の占有者に対してその物の回復を求めたのに対し、占有者が民法一九四条に基づき支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合には、占有者は、右弁償の提供があるまで盗品等の使用収益を行う権限を有すると解するのが相当である。
けだし、民法一九四条は、盗品等を競売若しくは公の市場において又はその物と同種の物を販売する商人から買い受けた占有者が同法一九二条所定の要件を備えるときは、被害者等は占有者が支払った代価を弁償しなければその物を回復することができないとすることによって、占有者と被害者等との保護の均衡を図った規定であるところ、被害者等の回復請求に対し占有者が民法一九四条に基づき盗品等の引渡しを拒む場合には、被害者等は、代価を弁償して盗品等を回復するか、盗品等の回復をあきらめるかを選択することができるのに対し、占有者は、被害者等が盗品等の回復をあきらめた場合には盗品等の所有者として占有取得後の使用利益を享受し得ると解されるのに、被害者等が代価の弁償を選択した場合には代価弁償以前の使用利益を喪失するというのでは、占有者の地位が不安定になること甚だしく、両者の保護の均衡を図った同条の趣旨に反する結果となるからである。
また、弁償される代価には利息は含まれないと解されるところ、それとの均衡上占有者の使用収益を認めることが両者の公平に適うというべきである。
これを本件について見ると、上告人は、民法一九四条に基づき代価の弁償があるまで本件バックホーを占有することができ、これを使用収益する権限を有していたものと解される。
したがって、不当利得返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づく被上告人の本訴請求には理由がない…
上告人は、本件バックホーの引渡しを求める被上告人の本訴請求に対して、代価の弁償がなければこれを引き渡さないとして争い、第一審判決が上告人の右主張を容れて代価の支払と引換えに本件バックホーの引渡しを命じたものの、右判決が認めた使用利益の返還債務の負担の増大を避けるため、原審係属中に代価の弁償を受けることなく本件バックホーを被上告人に返還し、反訴を提起したというのである。
右の一連の経緯からすると、被上告人は、本件バックホーの回復をあきらめるか、代価の弁償をしてこれを回復するかを選択し得る状況下において、後者を選択し、本件バックホーの引渡しを受けたものと解すべきである。
このような事情にかんがみると、上告人は、本件バックホーの返還後においても、なお民法一九四条に基づき被上告人に対して代価の弁償を請求することができるものと解するのが相当である。
大審院昭和四年(オ)第六三四号同年一二月一一日判決・民集八巻九二三頁は、右と抵触する限度で変更すべきものである。
そして、代価弁償債務は期限の定めのない債務であるから、民法四一二条三項により被上告人は上告人から履行の請求を受けた時から遅滞の責を負うべきであり、本件バックホーの引渡しに至る前記の経緯からすると、右引渡しの時に、代価の弁償を求めるとの上告人の意思が被上告人に対して示され、履行の請求がされたものと解するのが相当である。
したがって、被上告人は代価弁償債務につき本件バックホーの引渡しを受けた時から遅滞の責を負い、引渡しの日の翌日である平成九年九月三日から遅延損害金を支払うべきものである。
それゆえ、代価弁償債務及び右同日からの遅延損害金の支払を求める上告人の反訴請求は理由がある。」
【判例のポイント】
1.盗品又は遺失物の、被害者又は遺失主が、盗品等の占有者に対してその物の回復を求めたのに対し、占有者が民法194条に基づき支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合には、占有者は、右弁償の提供があるまで盗品等の「使用収益を行う権限」を有する。
2.したがって、被害者又は遺失主は、不当利得返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権を有しない。
3.占有者は、物の返還後においても、なお民法194条に基づき、回復者に対して代価の弁償を請求することができる(大審院判例変更)。
4.代価弁償債務は「期限の定めのない債務」であるから、民法412条3項により、回復者は占有者から「履行の請求を受けた時」から遅滞の責を負うべきであり、本件バックホーについてはその「引渡しの時」に、代価の弁償を求めるとの占有者の意思が回復者に対して示され、履行の請求がされたものと解され、回復者は遅滞の責を負う。
【ワンポイントレッスン】
本判例の理論的な問題点については、学者の間で複雑な議論がなされているが、公務員試験のレベルを越えているので、試験対策上は、判旨を丸暗記しておけば足りる。
以下、上級者向けに、理論的な問題点について、簡単に解説する。
1.占有者の盗品等の使用収益権限について
まず、占有者は盗難時から2年間は所有権を取得しない=所有権は原所有者(通常は被害者)にあると考える(大判大10.7.8=判例六法・民法193条1番)。
すると、189条「1項:善意の占有者は占有物より生ずる果実を取得す、2項:善意の占有者が本権の訴に於て敗訴したるときは其起訴の時より悪意の占有者と看做す」より、被害者が占有者に対し、所有権に基づき物の「引渡請求の訴を提起した時」から、占有者は悪意となり、物の使用収益権限を失うはずである。
本件でも、第1審・第2審はそのように解していた。
ところが、最高裁は、盗難時から2年間の所有権の帰属について論じることなく、占有者と被害者との保護の均衡を図った194条の趣旨より、占有者は「代価弁償の提供があるまで」盗品の使用収益を行う権限を有する、と結論付けた。
この点、最高裁の判旨は、理論的整合性に問題があり、学者は「占有者の使用収益権は、194条の趣旨から生ずる特別な権利と説明することになろうか」と述べる(百選・解説)。
2.194条の代価弁償請求権の法的性質
従来、「請求権」とする説と、代価弁償があるまで占有者は引渡を拒絶できるのみで、返還後にはもはや代価弁償の請求はできない「抗弁権」とする説の、論争があった。
大判昭4.12.11は「抗弁権説」の立場をとったが、本件で最高裁は「請求権説」の立場へ判例変更し、返還後も占有者の回復者に対する代価弁償請求を認めるに至った。
【試験対策上の注意点】
「即時取得」の択一問題で、今後出題される可能性が高い。判例の立場をしっかり押さえておこう。