【判旨】
「一 本件は、社内訓練施設における1箇月弱の集合訓練期間中に1日の年次有給休暇(以下「年休」という。)の請求をした被上告人が、使用者である上告人により時季変更権の行使がされたのに、当日の訓練を欠席し、無断欠勤を理由に就業規則所定の懲戒処分であるけん責処分を受け、同処分を受けたことを理由に就業規則に基づいて職能賃金の定期昇給額の4分の2を減ぜられ、さらに、右1日分の賃金を削減されたことにつき、右時季変更権の行使は労働基準法39条4項に違反し無効であるから、これが有効であることを前提とする右けん責処分等も無効であるなどと主張して、同処分の無効確認及び減額分の賃金の支払を求める事件である。
二 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、昭和60年4月1日、日本電信電話公社の一切の権利及び義務を承継して設立された、国内電気通信事業を経営することを目的とする株式会社である(なお、原審口頭弁論終結後、平成9年法律第98号をもって上告人の目的は変更されている。)。
被上告人は、昭和39年4月1日、日本電信電話公社に雇用され、平成元年11月当時は、電話の自動交換、中継を主たる業務とする上告人の立川ネットワークセンタにおいて電話交換機の保守を担当する交換課(以下「交換課」という。)に勤務し、工事主任として電話交換機保守の業務に従事していた。
2 当時、上告人は、電話の通話線ですべてを賄うアナログ交換機に代わるものとして、音質が良く情報を大量に送ることができ通話線以外の共通線を利用することでサービスの多様化を図ることができるディジタル交換機の導入を積極的に進めていた。
立川ネットワークセンタにおいても、平成元年度において、アナログ交換機ユニット数は4台(いずれも通話回線用)であるのに対し、ディジタル交換機ユニット数は8台(うち通話回線用は4台)となっていた。
このように、上告人としても立川ネットワークセンタとしても、ディジタル交換機の保守技術者の養成と能力向上の必要があった中で、同元年11月1日から同月29日まで、上告人の設置する中央電気通信学園において、保全科ディジタル交換機応用班の訓練(以下「本件訓練」という。)が実施された。
本件訓練の目的は、「ディジタル交換機の故障解析及び異常時の回復措置に必要な高度な知識、技能を修得する」というものであった。
また、本件訓練は、ディジタル交換機のうち通話用のD60交換機及びD70交換機についての訓練であったが、右交換機の保守の際に共通線信号装置の処理を要することなどから、共通線についての理解も不可欠であった。
このような観点から、平成元年度の訓練から、共通線に関する講義時間が3時限から6時限に増やされていた。
上告人においては、集合訓練は、職場の代表として参加する(所属する職場に訓練で学んだ技術等を持ち帰り、職場内で活用する)という意味合いを持っていた。
また、平成元年度の保全科ディジタル交換機応用班の訓練15コースの受講者の枠は、立川ネットワークセンタには本件訓練のみの1コース1名分しか割り当てられなかった。
そして、交換課は、共通線信号処理装置にかかわる業務を担当していた。
このような状況の下で、被上告人は、交換課課長の命令により、本件訓練に参加した。
3 被上告人は、平成元年11月18日、交換課課長に対し、「共通線信号処理」の講義4時限が予定されていた同月21日につき、立川ネットワークセンタ所長あての組合休暇願を提出したが、同月20日午後3時ころ、同所長から、本件訓練中は組合休暇を認めることができない旨の回答があった。
そこで、被上告人は、同日、上告人に対し、翌21日の年休を請求したが、上告人は、被上告人に対し、右年休も認められないと回答し、時季変更権を行使した。
4 被上告人は、平成元年11月21日、本件訓練に出席せず、右講義を受講しなかった。
共通線信号処理の講義は、翌22日にも2時限が予定されていたものであり、同日は2冊の教科書を使って講義が行われ、被上告人もこれを受講した。
5 被上告人は、本件訓練を終了したものとされ、本件訓練中の各科目の成績は、おおむね普通以上であった。
6 上告人は、平成元年12月19日、被上告人に対し、同年11月21日の本件訓練の欠席は無断欠勤であるとして、上告人の就業規則所定の懲戒事由である「上長の命令に服さないとき」及び「職場規律に違反する行為のあったとき」に該当することを理由に、けん責処分(以下「本件けん責処分」という。)をし、同処分がされたことを理由として就業規則に基づき職能賃金の定期昇給額の4分の2を減ずるとともに、同日分の賃金を削減した。
三 原審(東京高裁:筆者注)は、右事実関係に基づいて、次のとおり判断した。
(※1・2は最高裁に支持され、3〜6は破棄された:筆者注)
1 急速な技術革新を遂げつつある電気通信の分野の事業を営む上告人にとって、その職員に対し、普段から技術革新に即応した高度の知識を修得させ、その技能の向上を図ることは、上告人の事業の遂行上不可欠であるから、そのための具体的な方法として、当該職員の勤務する職場内又は研修専門機関において実施する研修、訓練等は、上告人の事業の遂行上必要な業務である。
したがって、上告人の各事業場が所属職員を訓練等に参加させることは、当該事業場における業務であるということができる。
また、訓練等への参加は、当該職員の知識及び技能の増進、向上を目的とするものであるから、非代替的な業務である。
2 しかし、年休取得により非代替的業務である訓練の一部を欠席したとしても、当該訓練の目的及び内容、欠席した訓練の内容とこれを補う手段の有無、当該職員の知識及び技能の程度等によっては、他の手段によって欠席した訓練の内容を補い、当該訓練の所期の目的を達成することのできる場合もあると考えられる。
3 したがって、訓練中の年休取得の可否は、当該訓練の目的、内容、期間及び日程、年休を取得しようとする当該職員の知識及び技能の程度、取得しようとする年休の時期及び期間、年休取得により欠席することになる訓練の内容とこれを補う手段の有無等の諸般の事情を総合的に比較考量して、年休取得が当該訓練の所期の目的の達成を困難にするかどうかの観点から判断すべきである。
4 上告人におけるこれまでの訓練期間中の年休取得の主な事例をみると、訓練の期間にもよるが、おおむね1日間程度の年休の請求であれば、年休取得により訓練の目的が達成されなくなるとは判断されず、時季変更権が行使されることなく、請求どおり年休が付与されていたことが認められる。
また、上告人の学園集合訓練中の訓練生の勤務票の取扱いをみると、訓練中であっても年休の取得が予定されており、しかも、時季変更権を行使するかどうかの決定は学園が行い、事後的に訓練生の所属部署にその結果を通知する取扱いであることが認められる。
これらによれば、被上告人が本件訓練に参加中であったからといって、その年休取得が直ちに上告人の事業の正常な運営を妨げるということはできない。
5 本件訓練の目的、内容、期間、被上告人の職歴、職務内容等のほか、被上告人の請求した年休は1日間のみであり、その年休取得を認めた場合、被上告人は、本件訓練中に予定されていた6時限の共通線信号処理に関する講義のうち、平成元年11月21日に予定されていた4時限の講義は欠席することになるが、一部であるとはいえ翌22日に予定されていた2時限の講義には参加すること、右講義については教科書が存在すること、それに、被上告人の職歴及び職務内容に伴う知識、経験を考慮すれば、被上告人の努力により右欠席した4時限の講義内容を補うことは十分に可能であると認められ、また、現に、被上告人は、おおむね普通以上の評価をもって本件訓練を終了しているのであるから、本件訓練において被上告人が同月21日の1日間の年休を取得することが被上告人について本件訓練の目的の達成を困難にするとまで認めることは困難である。
6 したがって、被上告人が本件年休を取得することが上告人の事業の正常な運営を妨げるとはいえず、上告人のした時季変更権の行使は違法である。
そうすると、被上告人の平成元年11月21日の本件訓練の欠席が無断欠勤であるということはできないから、無断欠勤を理由とする本件けん責処分、職能賃金の定期昇給額の4分の2を減ずること及び1日分の賃金削減は、いずれも無効である。
四 しかしながら、原審の右判断のうち3ないし6は是認することができない。
その理由は次のとおりである。
(※以下が最高裁の見解で試験対策上重要!:筆者注)
1 前記事実関係によれば、本件訓練は、上告人の事業遂行に必要なディジタル交換機の保守技術者の養成と能力向上を図るため、各職場の代表を参加させて、1箇月に満たない比較的短期間に集中的に高度な知識、技能を修得させ、これを所属の職場に持ち帰らせることによって、各職場全体の業務の改善、向上に資することを目的として行われたものということができる。
このような期間、目的の訓練においては、特段の事情のない限り、訓練参加者が訓練を一部でも欠席することは、予定された知識、技能の修得に不足を生じさせ、訓練の目的を十全に達成することができない結果を招くものというべきである。
したがって、このような訓練の期間中に年休が請求されたときは、使用者は、当該請求に係る年休の期間における具体的な訓練の内容が、これを欠席しても予定された知識、技能の修得に不足を生じさせないものであると認められない限り、年休取得が事業の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使することができると解される。
被上告人は、本件訓練において修得することが不可欠とされ、そのため従前の講義時間が2倍に増やされていた共通線に関する講義6時限のうち最初の4時限が行われる日について年休を請求したというのであるから、当日の講義を欠席することは、本件訓練において予定された知識、技能の修得に不足を生じさせるおそれが高いものといわなければならない。
しかも、被上告人は、交換課の平成元年度における唯一の代表として保全科ディジタル交換機応用班の訓練に参加していたのであるから、被上告人の右修得不足は、ひいては、交換課全体の業務の改善、向上に悪影響を及ぼすことにつながるものということができる。
2 原審は、右講義には教科書があるから自習が可能であること、被上告人の所属していた職場である交換課は共通線信号処理装置にかかわる業務を担当していたことなどを根拠に、被上告人の努力により欠席した4時限の講義内容を補うことが十分可能であるなどとして、右欠席が本件訓練の目的達成を困難にするとはいえないと判断している。
しかしながら、通常は、教科書に基づいて自習することをもって4時限の講義によるのと同程度の知識、技能の修得が可能であるとは解されず(参加者に教科書等に基づく自習による場合よりも高い程度の知識、技能を修得させるために、本件訓練のような形態の研修が行われるものというべきである。)、6時限の講義のうち最初の4時限を欠席した者が残る2時限の講義を受講することで不足を補うことも困難である。
のみならず、そもそも、被上告人が自習をすることは被上告人自身の意思に懸かっており、上告人は、時季変更権を行使するか否かを決定するに際して、右自習がされることを前提とすることができないから、自習がされない場合における事業の運営への影響を考慮することが許されるものというべきである。
また、交換課の右の担当業務や被上告人の前記職歴から、被上告人が右講義において修得することが予定されていた知識、技能をあらかじめ有していたと即断することはできない。
被上告人が本件訓練をおおむね普通以上の評価をもって終了したことも、時季変更権行使の時点では上告人の予見し得ない事情にすぎない上、右講義において予定されていた知識、技能の修得に不足を生じなかったことを直ちに裏付けるに足りる事情ということもできない。
集合訓練中の年休取得の事例や年休の取扱いに関する原判示の事実も、本件における年休の取得が本件訓練の目的達成を困難にすると判断することを妨げるものとはいえない。
3 以上によれば、前記事実関係に基づいて本件の年休の取得が上告人の事業の正常な運営を妨げるものとはいえないとした原審の前記判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、右の違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかである。
この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
そして、被上告人が欠席した講義において修得することが予定されていた知識、技能をあらかじめ有していたと認められるか否かなどの点について更に審理した上で、上告人の時季変更権行使の要件の有無について判断を尽くす必要がある。
また、これがあると判断される場合には、右時季変更権の行使が不当労働行為に当たるか否か、さらには、被上告人の本件訓練の欠席が無断欠勤といわざるを得ないとしても、これを理由に定期昇給に係る不利益を伴うけん責処分を行うことが懲戒権の濫用に当たらないか否かなどについても、審理判断させる必要がある。
したがって、本件を原審に差し戻すのが相当である。」
【判例のポイント】
1.本件訓練は、上告人の事業遂行に必要なディジタル交換機の保守技術者の養成と能力向上を図るため、各職場の代表を参加させて、1箇月に満たない比較的短期間に集中的に高度な知識、技能を修得させ、これを所属の職場に持ち帰らせることによって、各職場全体の業務の改善、向上に資することを目的として行われた。
2.このような期間、目的の訓練においては、特段の事情のない限り、訓練参加者が訓練を一部でも欠席することは、予定された知識、技能の修得に不足を生じさせ、訓練の目的を十全に達成することができない結果を招く。
3.このような訓練の期間中に年休が請求されたときは、使用者は、当該請求に係る年休の期間における具体的な訓練の内容が、これを欠席しても予定された知識、技能の修得に不足を生じさせないものであると認められない限り、年休取得が「事業の正常な運営を妨げる」(労基法39条4項但書)ものとして時季変更権を行使することができる。
【ワンポイントレッスン】
労働基準法39条4項「使用者は、前三項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」とある。
すなわち、労働者は、自分の好きな日を有給休暇として「時季指定」できるが、その年休取得が「事業の正常な運営を妨げる」場合には、使用者は「時季変更権」を行使することができる(労基法39条4項)。
本判決は、通常の業務ではなく、「訓練」期間中の年休請求に対する時季変更権の行使という問題に関する、初の最高裁判例である。
本件訓練は、少数精鋭の職場代表に短期集中で高等技術を習得させ、各自の職場に持ち帰らせるという趣旨のものであったが、最高裁は訓練の重大性に鑑み、時季変更権の行使を原則として認めた。
例外として、「当該請求に係る年休の期間における具体的な訓練の内容が、これを欠席しても予定された知識、技能の修得に不足を生じさせないものであると認められ」る場合は、否定される点に注意。
【試験対策上の注意点】
1.年休の時季変更は、労働法におけるメジャー論点の一つである。択一対策として是非押さえておくべき判例である。
2.判例六法・労基法39条9〜12番はまとめて押さえておこう。