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今年狙われる重要判例
労働法3 (5/13)
最判平12.9.7=H12重判・労働法7=判例六法・労働基準法93条8

 55歳以上の行員の賃金が減額される結果となる銀行の「就業規則」の変更が、有効であるか争われた(みちのく銀行事件)。

【論点】
 就業規則の不利益変更(労働基準法89条・90条)

【判旨】*筆者注:上告人の銀行員らの名前は「○」に修正
「1 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない
しかし、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない
 そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。
 右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。

 以上は、当裁判所の判例の趣旨とするところである・・・

2 被上告人は、発足時から60歳定年制であったのであるから、55歳以降にも所定の賃金を得られるということは、単なる期待にとどまるものではなく、該当労働者の労働条件の一部となっていたものである。
 上告人らは、本件就業規則等変更の結果、専任職に発令され、基本給の凍結、右発令後の業績給の削減、役職手当及び管理職手当の不支給並びに賞与の減額(ただし、後述するように、賞与の減額は、本件就業規則等変更によるものではない部分を含む。)をされたのであるから、本件就業規則等変更が上告人らの重要な労働条件を不利益に変更する部分を含むことは、明らかである。
 そこで、以下、本件就業規則等変更が右のような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるといえるか否かについて、前示の諸事情に照らして検討することとする。

3 被上告人は、60歳定年制の下で、基本的に年功序列型の賃金体系を維持していたところ、行員の高齢化が進みつつあり、他方、他の地銀では、従来定年年齢が被上告人よりも低かったため55歳以上の行員の割合が小さく、その賃金水準も低レベルであったというのであるから、被上告人としては、55歳以上の行員について、役職への配置等に関する組織改革とこれによる賃金の抑制を図る必要があったということができる。
 そして、右事情に加え、被上告人の経営効率を示す諸指標が全国の地銀の中で下位を低迷し、弱点のある経営体質を有していたことや、金融機関間の競争が進展しつつあったこと等を考え合わせると、本件就業規則等変更は、被上告人にとって、高度の経営上の必要性があったということができる。

4 本件就業規則等変更は、まず、55歳到達を理由に行員を管理職階又は監督職階から外して専任職階に発令するようにするものであるが、右変更は、これに伴う賃金の減額を除けば、その対象となる行員に格別の不利益を与えるものとは認められない。
 したがって、本件就業規則等変更は、職階及び役職制度の変更に限ってみれば、その合理性を認めることが相当である。

5(一) しかしながら、本件第一次変更及び本件第二次変更による高年層の行員に対する賃金面の不利益をみると、他の行員の基本給等が増額されても、55歳以上の者の賃金は増額されず、専任職に発令後は、基本給の約半額程度を占める業績給が50パーセント削減され、3万ないし12万円程度とかなりの額である役職手当及び管理職手当が支給されなくなり、かつ、賞与の額も大きく減額されるものである。
 以上の変更による賃金の減額幅は、55歳に到達した年度、従来の役職、賃金の内容等によって異なるが、経過措置が適用されなくなる平成4年度以降は、得べかりし標準賃金額に比べておおむね四十数パーセント程度から五十数パーセント程度に達することとなる。
 上告人らの年間賃金は、例えば、担当職務にほとんど変化のない上告人○の場合でも、当初の4箇月間を別として、55歳到達直前の960万円程度から530万円程度に下がり、ほぼ全期間にわたって経過措置の適用を受けていた上告人○の場合でも、同じく720万円程度から退職時には420万円程度にまで下がっており、元管理職階であった上告人○の場合にも、同じく800万円程度から退職時には420万円程度にまで下がっている。
 得べかりし標準賃金額と比べた場合の賃金の削減額は、3年4箇月間ないし5年間の合計で約1250万円ないし約2020万円となっており、その削減率は、右期間の平均値で約33ないし46パーセントに達している(なお、賞与支給率が低減されたことによる賞与支給額の減額分を除外すれば、以上の数値はこれらより若干小さくなるが、この点を考慮しても、賃金の削減率に大差は生じない。)。
 将来の賃金額は考課ないし査定により変動があるものであるが、以上の減額幅は考課等による格差に比べ格段に大きなものであって、その相当部分が本件就業規則等変更によるものと考えられる。
(二) もっとも、賃金が減額されても、これに相応した労働の減少が認められるのであれば、全体的にみた実質的な不利益は小さいことになる。
 しかし、上告人らの場合、所定労働時間等の変更があるわけではない上、上告人○、同○、同○及び同○は、専任職発令の前後を通じてほぼ同じ職務を担当しており、上告人○及び同○も、課長の肩書が外された事実はあるが、数十パーセントの賃金削減を正当化するに足りるほどの職務の軽減が現実に図られているとはいえない。
そうすると、労働の減少という観点から本件就業規則等変更による賃金面の不利益性を低く評価することは、本件では相当でない。
(三) さらに、本件第二次変更の際には、被上告人と労組との間で不利益の代償措置も合意されている。
 しかし、右代償措置のうち、退職金の増額については、早期退職する場合の特例であって、上告人らには関係しない。企業年金については、被上告人の負担する掛金が若干増額されているが、これは賃金額の低下による厚生年金の水準の低下の一部を補うものにすぎず、これをもって賃金減額の代償措置と評価することはできない。
特別融資制度や住宅融資に関する措置は、代償措置ということはできるが、数十パーセントの賃金削減を補うような重要なものと評価することはできない。
 したがって、これらの代償措置を加味して判断しても、上告人らの不利益が全体的にみて小さいものであるということはできない。
(四) 右によれば、本件第一次変更及び本件第二次変更により上告人らの被った賃金面における不利益は極めて重大であり、そのうち本件就業規則等変更による部分も、その程度が大きいものというべきである。

6(一) 本件就業規則等変更後の上告人らの賃金は、平成4年度以降は、年間約420万円程度から約530万円程度までとなっている。
 このような賃金額は、減額されたとはいっても、青森県における当時の給与所得者の平均的な賃金水準や定年を延長して延長後の賃金を低く抑えた一部の企業の賃金水準に比べてなお優位にあるものである。
 しかし、上告人らは、高年層の事務職員であり、年齢、企業規模、賃金体系等を考慮すると、変更後の右賃金水準が格別高いものであるということはできない。
 また、上告人らは、段階的に賃金が増加するものとされていた賃金体系の下で長く就労を継続して50歳代に至ったところ、60歳の定年5年前で、賃金が頭打ちにされるどころか逆に半額に近い程度に切り下げられることになったものであり、これは、55歳定年の企業が定年を延長の上、延長後の賃金水準を低く抑える場合と同列に論ずることはできない。
(二) 本件就業規則等変更は、変更の対象層、前記の賃金減額幅及び変更後の賃金水準に照らすと、高年層の行員につき雇用の継続や安定化等を図るものではなく、逆に、高年層の行員の労働条件をいわゆる定年後在職制度ないし嘱託制度に近いものに一方的に切り下げるものと評価せざるを得ない。
また、本件では、前示のとおり、中堅層の賃金について格段の改善がされており、被上告人の人件費全体も逆に上昇しているというのである。
 企業経営上、賃金水準切下げの差し迫った必要性があるのであれば、各層の行員に応分の負担を負わせるのが通常であるところ、本件は、そのようなものではない。
(三) 右にみたとおり、本件就業規則等変更は、多数の行員について労働条件の改善を図る一方で、一部の行員について賃金を削減するものであって、従来は右肩上がりのものであった行員の賃金の経年的推移の曲線を変更しようとするものである。
 もとより、このような変更も、前述した経営上の必要性に照らし、企業ないし従業員全体の立場から巨視的、長期的にみれば、企業体質を強化改善するものとして、その相当性を肯定することができる場合があるものと考えられる。
しかしながら、本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も前示のように大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。
 就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がないものというほかはない。
 本件の経過措置は、前示の内容、程度に照らし、本件就業規則等変更の当時既に55歳に近づいていた行員にとっては、救済ないし緩和措置としての効果が十分ではなく、上告人らは、右経過措置の適用にもかかわらず依然前記のような大幅な賃金の減額をされているものである。
 したがって、このような経過措置の下においては、上告人らとの関係で賃金面における本件就業規則等変更の内容の相当性を肯定することはできないものといわざるを得ない。

7 本件では、行員の約73パーセントを組織する労組が本件第一次変更及び本件第二次変更に同意している。
 しかし、上告人らの被る前示の不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないというべきである。

8(一) 企業においては、社会情勢や当該企業を取り巻く経営環境等の変化に伴い、企業体質の改善や経営の一層の効率化、合理化をする必要に迫られ、その結果、賃金の低下を含む労働条件の変更をせざるを得ない事態となることがあることはいうまでもなく、そのような就業規則の変更も、やむを得ない合理的なものとしてその効力を認めるべきときもあり得るところである。
 特に、当該企業の存続自体が危ぶまれたり、経営危機による雇用調整が予想されるなどといった状況にあるときは、労働条件の変更による人件費抑制の必要性が極度に高い上、労働者の被る不利益という観点からみても、失職したときのことを思えばなお受忍すべきものと判断せざるを得ないことがあるので、各事情の総合考慮の結果次第では、変更の合理性があると評価することができる場合があるといわなければならない。
 しかしながら、本件では、前示のとおり、本件就業規則等変更を行う経営上の高度の必要性が認められるとはいっても、賃金体系の変更は、中堅層の労働条件の改善をする代わり55歳以降の賃金水準を大幅に引き下げたものであって、差し迫った必要性に基づく総賃金コストの大幅な削減を図ったものなどではなく、右のような場合に当たらないことは明らかである。
 そうすると、以上に検討したところからすれば、専任職制度の導入に伴う本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響の面からみれば、上告人らのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない上告人らに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない
したがって、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、上告人らにその効力を及ぼすことができないというべきである。
(二) 右によれば、業績給の削減並びに役職手当及び管理職手当の不支給(専任職手当で補てんされている部分は除く。)は、本件就業規則等変更による賃金の減額分であって、右減額分の支払を求める上告人らの請求には理由がある。
 55歳に到達した時点以降における賃金の昇給額については、本件就業規則等変更がなければ当該額を支給されたと認められる額の限度でのみ、また、賞与については、本件就業規則等変更により賃金が削減された結果賞与支給額が減額されたと認められる額の限度でのみ、その支払を求める上告人らの請求には理由がある。」

【判例のポイント】
1.新たな「就業規則」の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない。
2.しかし、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が「合理的」なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。
3.当該規則条項が「合理的」なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その「必要性」及び「内容」の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの「合理性」を有するものであることをいう。
4.特に「賃金・退職金」など、労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの「高度の必要性に基づいた合理的な内容」のものである場合において、その効力を生ずる。
5.右の合理性の有無は、具体的には、(1)就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、(2)使用者側の変更の必要性の内容・程度、(3)変更後の就業規則の内容自体の相当性、(4)代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、(5)労働組合等との交渉の経緯、(6)他の労働組合又は他の従業員の対応、(7)同種事項に関する我が国社会における一般的状況等、を総合考慮して判断すべきである。
6.以上の点につき、従来の判例を踏襲。
7.本件銀行の就業規則等変更は、それによる「賃金」に対する影響の面からみれば、上告人らのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない上告人らに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の「高度の必要性に基づいた合理的な内容」のものであるということはできない。
8.したがって、本件就業規則等変更のうち「賃金減額」の効果を有する部分は、上告人ら(銀行員)にその効力を及ぼすことができない。

【ワンポイントレッスン】
1 就業規則の変更手続
 労働基準法によれば、多数労働組合の「意見を聴」いた上で、労働基準監督所長に「届け出」る、こととされている(90条・89条)。
 労働者や労働組合の「同意」は要件とはなっていない。

2 変更の限界
 「当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない」とする判例法理が確立されている(秋北バス事件・最大判昭43.12.25=労働百選・22=判例六法・労働基準法93条1番)。
 すなわち、内容の「合理性」という限界がある。
 さらに、「賃金・退職金」など、労働者にとって重要な権利・労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、「高度の必要性に基づいた合理的な内容」でなければならず、合理性判断が厳格になされる。

3 本件事例
 銀行の就業規則変更により、いわゆる中高年管理職の行員の給料が、大幅にダウンする結果となった。
 最高裁は、経営上の必要性は認めつつも、当該行員らの被る不利益が大きいため、前記の規範へのあてはめにおいて、合理性を否定した。
 賃金の減額が必ずしも許されないわけではなく、あくまで各々の事例で、「高度の必要性に基づいた合理的な内容」と認められるか、で決まる点に注意。

【試験対策上の注意点】
1.判例の一般的な規範の部分は、試験で頻出である。必ず押さえておこう。
2.事例式で聞かれたときのため、事案にも大雑把に目を通しておくと、万全である。

(大剛寺)

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