【判旨】*筆者注:「従組」=従業員組合、固有名詞については省略
「1 本件就業規則変更により、被上告人らにとっては、特定日以外の平日の所定労働時間が10分間、特定日の所定労働時間が60分間延長されることとなったのであるから、本件就業規則変更が、被上告人らの労働条件を不利益に変更する部分を含むことは、明らかである。
また、労働時間が賃金と並んで重要な労働条件であることはいうまでもないところである。
そこで、以下、本件就業規則変更が合理的なものであるか否かを判断することとする。
2 まず、変更による実質的な不利益の程度について検討すると、特定日における60分間の労働時間の延長は、それだけをみればかなり大きな不利益と評し得るが、特定日以外の営業日における延長時間は10分間にすぎないものである。
週単位又は年単位で所定労働時間の変化をみると、施行令における休日の定めは、銀行の休日、すなわちその閉店日を定めるものであって、銀行の労働者の勤務条件を直接定めるものではないから、昭和61年政令第78号による施行令の改正がされたことにより本件就業規則変更の前から第3土曜日が被上告人らの休日になったと解することはできない。
また、右改正の際、○銀行は、従組の組合員以外の従業員に対しては、第3土曜日を休日とする代わりに、平日の労働時間を10分間延長する就業規則の変更をしたが、従組の同意を得られなかったため、従組の組合員については、終業時刻の延長をしないまま、第3土曜日を自宅研修日扱いとすることにしたというのである。
右事実経過に照らせば、従組の組合員に対しては、○銀行側の都合により、休日及び労働時間の変更に関する協議が成立するか又は他の従業員と統一した就業規則を適用するまでの間の暫定措置として、各店舗への出勤をさせずに自宅での研修を命じていたものと解される。
したがって、第3土曜日の午前8時50分から午後2時まではなお所定労働時間に含まれていたというべきであって、被上告人らと○銀行との間で、第3土曜日が休日と同様に評価されるに至ったということもできない。
そうすると、本件就業規則変更前の被上告人らの所定労働時間は、第1、第3、第4及び第5週が39時間10分、第2週が35時間ということになり、これが、変更後は、おおまかにいえば、月末以外が週36時間40分、月末が週40時間となり、年間(平成元年4月1日から同2年3月31日まで)では、42時間10分短縮されることになる。
そうだとすれば、週単位でみると、所定労働時間が減少している週の方が多く、年単位でみても、所定労働時間が相当に減少しており、むしろ、時間当たりの基本賃金額は、本件就業規則変更によりそれだけ増加したということができる。
また、被上告人らは、本件就業規則変更による時間外勤務手当の減少を重視すべきであると主張している。
しかし、時間外勤務は、法定労働時間の範囲内において使用者が時間外勤務を命じた場合や、法定労働時間を超えるものについて労働基準法36条1項に基づく協定が締結され、これにより使用者が時間外勤務を命じた場合などに行われるものであって、時間外勤務を命ずることについては使用者に裁量の余地があり、かつ、事務の機械化等が時間外勤務の必要性に影響を及ぼすことも想定することができるのである。
右のことからすると、もし本件就業規則変更がされなかった場合に、右変更前の終業時刻から本件就業規則変更後の退勤時刻までの時間につき、法定内あるいは法定外の時間外勤務が当然に行われることになるとはいえず、これが行われることを前提とする被上告人らの主張には、合理的な根拠があるとはいい難い。
他方、本件では、完全週休2日制の実施が本件就業規則変更に関連する労働条件の基本的な改善点であり、労働から完全に解放される休日の日数が連続した休日の増加という形態で増えることは、労働者にとって大きな利益であるということができる。
右のとおり、年間の所定労働時間が減少して時間当たりの基本賃金額が増加し、しかも、連続した休日の日数が増加することからすれば、平日の労働時間の延長による不利益及びこれに伴いある程度は生ずるであろうことが予想される時間外勤務手当の減収を考慮しても、被上告人らが本件就業規則変更により被る実質的不利益は、全体的にみれば必ずしも大きいものではないというのが相当である。
3 次に、変更の必要性について検討すると、本件では、金融機関における先行的な週休2日制導入に関する政府の強い方針と施行令の前記改正経過からすると、A銀行にとって、完全週休2日制の実施は、早晩避けて通ることができないものであったというべきである。
そして、週休2日制は、労働時間を大幅に短縮するものであるから、平日の労働時間を変更せずに土曜日をすべて休日にすれば、一般論として、提供される労働量の総量の減少が考えられ、また、営業活動の縮小やサービスの低下に伴う収益減、平日における時間外勤務の増加等が生ずることは当然である。
そこで、経営上は、賃金コストを変更しない限り、右短縮分の一部を他の日の労働時間の延長によって埋め合わせ、土曜日を休日とすることによる影響を軽減するとの措置を執ることは通常考えられるところであり、特に既に労働時間が相対的に短い○銀行のような企業にとっては、その必要性が大きいものと考えられる。
加えて、完全週休2日制の実施の際、ごく一部の銀行を除き、平日の所定労働時間の延長措置が執られているというのであるから、他の金融機関と同じ程度の競争力を維持するためにも、就業規則変更の必要性があるということができる。
4 さらに、第三次改正就業規則の内容と他行における従業員の労働時間の一般的状況等をみると、本件就業規則変更後の週36時間40分又は週40時間という所定労働時間は、当時の我が国の水準としては必ずしも長時間ではなく、他行と比較しても格別見劣りするものではない。
そうすると、終業時刻の延長をせずに完全週休2日制だけを実施した場合には、所定労働時間が週35時間にまで大幅に短縮されることも勘案すると、本件就業規則変更については、その内容に社会的な相当性があるということができる。
5 以上によれば、本件就業規則変更により被上告人らに生ずる不利益は、これを全体的、実質的にみた場合に必ずしも大きいものということはできず、他方、○銀行としては、完全週休2日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する必要性があり、変更後の内容も相当性があるということができるので、従組がこれに強く反対していることや○銀行における従組の立場等を勘案しても、本件就業規則変更は、右不利益を被上告人らに法的に受忍させることもやむを得ない程度の必要性のある合理的内容のものであると認めるのが相当である。
したがって、本件就業規則変更は、被上告人らに対しても効力を生ずるものというべきである。」
【判例のポイント】
1.特定日以外の平日の所定労働時間が10分間、特定日の所定労働時間が60分間延長されることとなる本件就業規則変更により、当該「銀行員」に生ずる「不利益」は、これを全体的、実質的にみた場合に必ずしも大きいものということはできない。
2.「銀行」としては、完全週休2日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する「必要性」があり、変更後の内容も「相当性」があるということができる。
3.△組合(少数組合)がこれに強く反対していることや、銀行における△組合の立場等を勘案しても、本件就業規則変更は、右不利益を当該銀行員らに法的に受忍させることもやむを得ない程度の「必要性」のある「合理的内容」のものである。
4.本件就業規則変更は、当該銀行員に対しても効力を生ずる(有効)。
【ワンポイントレッスン】
1 就業規則の変更手続
労働基準法によれば、多数労働組合の「意見を聴」いた上で、労働基準監督所長に「届け出」る、こととされている(90条・89条)。
労働者や労働組合の「同意」は要件とはなっていない。
2 変更の限界
「当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない」とする判例法理が確立されている(秋北バス事件・最大判昭43.12.25=労働百選・22=判例六法・労働基準法93条1番)。
すなわち、内容の「合理性」という限界がある。
3 本件事例
特定日以外の平日の所定労働時間が10分間、特定日の所定労働時間が60分間延長されることとなる、就業規則変更は「合理的」か。
これにつき、最高裁は、
(1)銀行員の「不利益」は小さい
(2)銀行には変更の「必要性」がある
(3)変更内容に「相当性」がある
として、就業規則変更は「合理的」で有効とした。
4 関連判例
55歳以上の行員の賃金が減額される結果となる就業規則変更が、有効であるか争われた「みちのく銀行事件」がある(最判平12.9.7=H12重判・労働法7=判例六法・労働基準法93条8)。
みちのく銀行事件では、中高年管理職の行員の給料が大幅にダウンする結果となり、当該行員らの被る不利益が大きいため、就業規則変更の合理性が否定された。
簡単にまとめると、以下のようになる。
経営上の必要性 銀行員の被る不利益 変更の合理性
羽後銀行事件 あり 小さい あり
みちのく銀行事件 あり 大きい なし
【試験対策上の注意点】
1.「みちのく銀行事件」とセットで押さえておこう。
2.事例式で聞かれたときのため、事案にも大雑把に目を通しておくと、万全である。