【判旨】*固有名詞については記号
「一 株式会社の取締役は、取締役会の構成員として会社の業務執行を決定し、あるいは代表取締役として業務の執行に当たるなどの職務を有するものであって、商法266条は、その職責の重要性にかんがみ、取締役が会社に対して負うべき責任の明確化と厳格化を図るものである。
本規定は、右の趣旨に基づき、法令に違反する行為をした取締役はそれによって会社の被った損害を賠償する責めに任じる旨を定めるものであるところ、取締役を名あて人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法254条3項(民法644条)、商法254条ノ3の規定(以下、併せて「一般規定」という。)及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定が、本規定にいう「法令」に含まれることは明らかであるが、さらに、商法その他の法令中の、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれるものと解するのが相当である。
けだし、会社が法令を遵守すべきことは当然であるところ、取締役が、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して会社を名あて人とする右の規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務に属するというべきだからである。
したがって、取締役が右義務に違反し、会社をして右の規定に違反させることとなる行為をしたときには、取締役の右行為が一般規定の定める義務に違反することになるか否かを問うまでもなく、本規定にいう法令に違反する行為をしたときに該当することになるものと解すべきである。
二 これを本件について見ると、証券会社が、一部の顧客に対し、有価証券の売買等の取引により生じた損失を補てんする行為は、証券業界における正常な商慣習に照らして不当な利益の供与というべきであるから、○證券が△放送との取引関係の維持拡大を目的として同社に対し本件損失補てんを実施したことは、一般指定の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、独占禁止法19条に違反するものと解すべきである。
そして、独占禁止法19条の規定は、同法1条所定の目的達成のため、事業者に対して不公正な取引方法を用いることを禁止するものであって、事業者たる会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定にほかならないから、本規定にいう法令に含まれることが明らかである。
したがって、被上告人らが本件損失補てんを決定し、実施した行為は、本規定にいう法令に違反する行為に当たると解すべきものである…
三 しかしながら、株式会社の取締役が、法令又は定款に違反する行為をしたとして、本規定に該当することを理由に損害賠償責任を負うには、右違反行為につき取締役に故意又は過失があることを要するものと解される…
原審の適法に確定したところによれば、
(一)被上告人らは、本件損失補てんが旧証券取引法あるいは本件通達に違反するものでないかどうかについては重大な関心を有していたが、それが一般の投資家に対して取引を勧誘するような性質のものではなかったことから、独占禁止法19条に違反するか否かの問題については思い至らなかった、
(二)被上告人らのみならず、関係当局においても、証券取引については所管の大蔵省によって証券取引法及びその関連法令を通じて規制が行われるべきであるとの基本的理解から、証券取引に伴う損失補てんが独占禁止法に違反するかどうかという問題は、本件損失補てんが行われた後1年半余にわたって取り上げられることがなかった、
(三)公正取引委員会は、第121回衆議院証券及び金融問題に関する特別委員会が開催された平成3年8月31日の時点においても、なお損失補てんが独占禁止法に違反するとの見解を採っておらず、公正取引委員会が、本件損失補てんを含む証券会社の一連の損失補てんが不公正な取引方法に該当し独占禁止法19条に違反するとして、同法48条2項に基づく勧告を行ったのは、同年11月20日であった、というのである。
右事実関係の下においては、被上告人らが、本件損失補てんを決定し、実施した平成2年3月の時点において、その行為が独占禁止法に違反するとの認識を有するに至らなかったことにはやむを得ない事情があったというべきであって、右認識を欠いたことにつき過失があったとすることもできないから、本件損失補てんが独占禁止法19条に違反する行為であることをもって、被上告人らにつき本規定に基づく損害賠償責任を肯認することはできない。
四 以上のとおりであるから、被上告人らが本件損失補てんを決定し、実施したことにつき、本規定に基づく損害賠償責任を否定すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。」
【判例のポイント】
1.「取締役」を名あて人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法254条3項(民法644条)、商法254条ノ3及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定が、266条1項5号「法令」に含まれることは明らかであるが、さらに、商法その他の法令中の、「会社」を名あて人とし、「会社」がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれる。
2.会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して「会社」を名あて人とする右の規定を遵守することもまた、「取締役」の会社に対する職務上の義務に属するから、取締役が右義務に違反し、会社をして右の規定に違反させることとなる行為をしたときには、取締役の右行為が一般規定の定める義務に違反することになるか否かを問うまでもなく、266条1項5号「法令」に違反する行為をしたときに該当する。
3.独占禁止法19条の規定は、266条1項5号「法令」に含まれる。
4.しかし、当該事実関係の下においては、代表取締役らに「過失」がないとして、損害賠償責任が否定された。
【ワンポイントレッスン】
本件では、266条1項5号「法令」の範囲が問題となった。
(1)商法中の具体的規定
商法210条(自己株式取得の原則禁止)など。
これが「法令」に当たることは当然である。
(2)取締役の一般的な義務規定
善管注意義務(商法254条3項・民法644条)、忠実義務(商法254条の3)など。
これらも「法令」に含まれる、というのが判例・通説である(判例六法・商法266条4番参照)。
(3)「会社」を名宛人とする規定
独占禁止法19条は「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」とする。
名宛人は「事業者」、法人企業であれば「会社」そのものである。
これが「取締役」の「法令」違反行為(266条1項5号)となるか、が今回問題となったが、最高裁は含まれるとした。
会社を実際に動かすのは取締役であることからすれば、当然とみることもできる。
なお、266条1項5号の責任は「過失責任」であることに注意(判例六法・商法266条13番参照)。
本件事例では、代表取締役らに「過失」がないとし、結論として損害賠償責任が否定されている。
【試験対策上の注意点】
「取締役」に関する問題で出題される可能性が高い。判例の規範の部分を押さえておこう。