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今年狙われる重要判例
憲法1 (4/7)
(最大決平13.3.30=H13重判・憲法1=判例六法・憲法78条2)

 福岡高裁判事であったAは、妻Bがストーカー事件の容疑者として捜査対象になっていることを、検察関係者から知らされた。
 そこでAは、妻の弁護に役立つよう、弁護士に対して、捜査機関との想定問答などを記した文書を渡した。
 この行為が、裁判所法49条の懲戒事由に該当するとして、福岡高裁が最高裁に申し立てた事例である。

[参考]
憲法78条
   裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。
裁判所法49条
   裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があつたときは、別に法律で定めるところにより裁判によつて懲戒される。
【論点】
 親族の弁護活動をした裁判官に対する懲戒処分(憲法78条)

【判旨】
「本件は、裁判官である被申立人がその妻の被疑事実について捜査機関から情報の開示を受けた後にした行為が裁判所法49条に該当するとして申し立てられた分限事件である。
 裁判の公正、中立は、裁判ないしは裁判所に対する国民の信頼の基礎を成すものであり、裁判官は、公正、中立な審判者として裁判を行うことを職責とする者である。
 したがって、裁判官は、職務を遂行するに際してはもとより、職務を離れた私人としての生活においても、その職責と相いれないような行為をしてはならず、また、裁判所や裁判官に対する国民の信頼を傷つけることのないように、慎重に行動すべき義務を負っているものというべきである。
 このことからすると、裁判官は、一般に、捜査が相当程度進展している具体的被疑事件について、その一方当事者である被疑者に加担するような実質的に弁護活動に当たる行為をすることは、これを差し控えるべきものといわなければならない。
 しかし、裁判官も、1人の人間として社会生活、家庭生活を営む者であるから、その親族、とりわけ配偶者が犯罪の嫌疑を受けた場合に、これを支援、擁護する何らの行為もすることができないというのは、人間としての自然の情からみて厳格にすぎるといわなければならない。
 法も、司法作用においてそのような親族間の情義に一定の配慮を示し、また、これが司法作用の制約となり得る場合があることを認めているところである。
 例えば、刑事事件について、刑訴法147条1号は何人も配偶者を含む近親者が刑事訴追を受け又は有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができるものとしており、同法20条2号は裁判官が被告人の親族であるときなどに職務の執行から除斥されるものとしているし、民事事件についても、民訴法196条1号が上記と同様の証言拒絶の権利を、同法23条1項1号、2号が上記と同様の除斥を規定するほか、同法201条3項は上記の証言拒絶の権利を行使しない証人を尋問する場合に宣誓をさせないことができるものとしている。
 これらのことからすると、裁判官が犯罪の嫌疑を受けた配偶者の支援ないし擁護をすることは、一定の範囲で許容されるということができる。
 しかしながら、裁判官が前記の義務を負っていることにかんがみるならば、それにもおのずから限界があるといわなければならず、その限界を超え、裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つける行為にまで及ぶことは、許されないというべきである。
 前記事実関係を通覧すれば、被申立人は、A次席検事から、妻Bに対する被疑事件の捜査が逮捕も可能な程度に進行しているので、事実を確認し、これを認めたならば示談をするようにとの趣旨で、捜査情報の開示を受けたのに対し、Bが繰り返し事実を否認したことから、その嫌疑を晴らすためとみられる一連の行動に出たものであり、具体的には…同次席検事から提供された捜査情報の内容をも用いて「〔Bの容疑事実〕ストカー防止法違反」と題する書面等を作成し、被疑者であるBとその弁護に当たる甲弁護士とに交付したなどというのである。
 そして、同書面の記載内容の中には、捜査機関と被疑者のいずれの側にも立たず中立的な立場において捜査状況を分析したというのではなく、被疑者であるBの側に立って、捜査機関の有する証拠や立論の疑問点、問題点を取り出し、強制捜査や公訴の提起がされないようにする端緒を見いだすために記載されたとみられるものが多く含まれている。
 この被申立人の行為は、その主観的意図はともかく、客観的にこれをみれば、被疑者であるBに捜査機関の取調べに対する弁解方法を教示したり、弁護人である甲弁護士に弁護方針について示唆を与えるなどの意味を持つものであり、これにより捜査活動に具体的影響が出ることも十分に予想されたところである。
 また、被申立人としても、この行為がそのような意味を持つものであることを認識し得たということができる。
 これらによれば、被申立人は、先に述べたような実質的に弁護活動に当たる行為をしたといわなければならず、その結果、裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つけ、ひいては裁判所に対する国民の信頼を傷つけたのである。
 したがって、被申立人としては、裁判官の立場にある以上、そのような行為は弁護人にゆだねるべきであったのであり、被申立人の行為は、妻を支援、擁護するものとして許容される限界を超えたものというほかはない。
 以上のとおり、被申立人の上記行為は、捜査情報の入手が受動的なものであった点や、妻の無実を晴らしたいという夫としての心情から出たものとみられる点を考慮しても、裁判官の職責と相いれず、慎重さを欠いた行為であり、裁判所法49条に該当するものといわなければならない。
 よって、裁判官分限法2条の規定により被申立人を戒告する」

【判例のポイント】
1.裁判官は、職務を離れた「私人」としての生活においても、その職責と相いれないような行為をしてはならず、また、裁判所や裁判官に対する国民の信頼を傷つけることのないように、慎重に行動すべき義務を負っている。
2.裁判官は、一般に、捜査が相当程度進展している具体的被疑事件について、その一方当事者である被疑者に加担するような「実質的に弁護活動に当たる行為」をすることは、これを差し控えるべきである。
3.裁判官が犯罪の嫌疑を受けた「配偶者」の支援ないし擁護をすることは、一定の範囲で許容されるが、その限界を超え、裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つける行為にまで及ぶことは、許されない。
4.当該事例につき、裁判官である被申立人の行為は、妻を支援、擁護するものとして許容される限界を超えたものであり、裁判所法49条に該当するから「戒告」とする。

【ワンポイントレッスン】
 本件は、裁判官の妻である女性が、男(伝言ダイヤルで知り合った?)を追いかけて脅迫などをした「逆ストーカー」の事例であり、当時はマスコミでかなり話題となった。
夫である裁判官は、検事からの情報で妻が捕まりそうなことを知り、弁護士に入れ知恵して、これを逃れようとした。
 刑事裁判で中立・公正な審判者であるべき、裁判官の職にある者が、刑事事件の被疑者に一方的に肩入れしたことから、問題となったわけである。
 本事例では、「妻」という、親族の中でも最も大事な人(通常は…)を弁護しようとしたのであり、簡単に言うと、この点を大目に見るかどうか、が論点である。

 最高裁は、「裁判官が犯罪の嫌疑を受けた配偶者の支援ないし擁護をすることは、一定の範囲で許容されるということができる」と理解を示しながらも、「その限界を超え、裁判官の公正、中立に対する国民の信頼を傷つける行為にまで及ぶことは、許されない」とした。
 そして、当該事例について、この限界を超えているとして、結局、この裁判官は、戒告処分となった。

 捜査機関の手の内を知り尽くした裁判官が、その知識を悪用して、妻の弁護人に詳細な指示をしていたようであり、この点を厳しく評価したものと思われる(マスコミ、大衆の注目度が高かっただけに、懲戒せざるを得なかったという事情もあるが……) 。

【試験対策上の注意点】
 択一試験の裁判官の地位に関する問題で、出題される可能性がある。裁判官の身分保障・懲戒についても、確認しておくとよい。

(大剛寺)

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