【判旨】
「1 本件は、衣料品の卸売業者である被上告人が、衣料品の小売業者である上告人に対し、継続して行った衣料品の卸売に係る売買代金残額の支払を求めるものである。
2 原審の確定した事実関係の概要は、以下のとおりである。
(1) 米国所在のザ・ポロ・ローレン・カンパニー・リミテッド・パートナーシップ(以下「米国ポロ社」という。)は、メンズウェアを中心にした衣料品を販売する会社として名声を得ており、同社が商標として使用する馬に乗ったポロ競技者の図形及び「RALPH LAUREN」の文字は、日本国内も含め、世界的に有名である。米国ポロ社は、日本において、昭和63年5月に「POLO BY RALPH LAUREN」の文字を、平成4年10月に馬に乗ったポロ競技者の図形及び「RALPH LAUREN」の文字との結合から成る標章を、平成6年4月に「RALPH LAUREN」の文字を、同年8月に馬に乗ったポロ競技者の図形をそれぞれ商標登録した。
ところが、インドネシアにおいては、昭和61年ころ、米国ポロ社とは全く関係のない者が、米国ポロ社よりも前に、馬に乗ったポロ競技者の図形及び「POLO BY RALPH LAUREN」の文字を商標登録し、これを使用した商品が製造販売され、日本国内においても、このインドネシア製の商品が流通していた。昭和63年5月に米国ポロ社が日本で登録した前記商標の指定商品はポロシャツ及びその類似商品を除いていたことから、これらの除外商品については、その後もインドネシア製の商品が日本国内に流通していた。平成4年10月にこれらポロシャツ等も指定商品に含めて前記結合商標の登録がされた後も、インドネシア製の商品の流通に関与している業者らは、商標法による規制を逃れるため、馬に乗ったポロ競技者の図形と「RALPH LAUREN」の文字を分離させるなどしていた。しかし、遅くとも、平成6年8月の前記商標登録以降は、このような抜け道が許されない状態になっていた。
(2) 上告人は、平成4年5月ころ以降、複数の仕入先からインドネシア製の商品を仕入れて販売するようになったが、米国ポロ社から、平成5年5月13日付けの通告書により、上記商品の販売は商標法及び不正競争防止法に違反する違法行為であるから、直ちに販売を中止し、かつ、商品を回収することなどを求められ、これに応じないときには告訴を含む法的措置を採る場合もある旨の警告を受けた。これに対し、上告人は、仕入先の業者にその処理をゆだねた。
(3) 他方、被上告人は、平成5年5月ころから上記のようなインドネシア製の商品を取り扱うようになった。この商品は、米国ポロ社の商品に類似させて製造されており、商標部分は、刺しゅう糸の光沢等に差異があるほかは米国ポロ社の著名な商標を故意にまねており、これと酷似している。
(4) 平成5年11月ころ、被上告人は、上告人に対し、このインドネシア製の商品(以下「本件商品」という。)の取引を勧めたが、その際、被上告人は、本件商品を日本国内で流通させても問題がないと説明した。
(5) 上告人は、本件商品を仕入れてこれを販売する行為が、不正競争防止法(平成5年法律第47号による改正前にあっては1条1項1号、同改正後にあっては2条1項1号)に違反する違法な行為であると認識した上で、消費者が本件商品を米国ポロ社との正式なライセンス契約に基づいて製造された商品であると誤認混同することを予見し、むしろ、これを利用して本件商品の販売を促進すれば、上告人の売上げが大幅に伸びると考え、また、自らは既に米国ポロ社から警告を受けていたことを被上告人に対して告げることなく、前記(4)の説明を受けたことから、何らかの問題が生じたときには被上告人に責任を負わせればよいと考えて、平成5年11月下旬ころから、被上告人との間で本件商品を含む衣料品の取引を開始した。本件商品の売行きは極めて良好であったが、上告人は、さらに、東南アジア製であるという印象を弱める目的で、本件商品の販売方法について、インドネシア製の表示から「インポート物」という表示に変更し、また、値札には米国ポロ社の真正商品(並行輸入品)と同じ程度の価格を表示し、それを消して約半額の値段を付けるという消費者の誤認を誘う方法を採った。
(6) 米国ポロ社の商品に類似する商品に関しては、既に平成5年6月ころ同業者が不正競争防止法違反で警察に摘発される事件が起こり、業界紙で報道された。平成6年11月、米国ポロ社は、この業界紙に、今後米国ポロ社の登録商標を用いた場合には断固たる法的手段に訴えると広告した。
(7) 平成6年12月、上告人は、米国ポロ社から、本件商品の取扱いの中止を要求する第2回目の警告を受け、被上告人に対処方を求めたところ、被上告人は、上告人に対し、何ら問題がないと回答した。
(8) 平成7年3月、被上告人は、別の同業者が米国ポロ社の商標に類似する商標を付した商品を取り扱ったことにより警察の摘発を受け、担当者が逮捕されたことを知り、そのころ、自己の仕入先である株式会社ダルセニヨをして、本件商品に関して商標法違反及び不正競争防止法違反の問題が発生したときは、同社が全責任を負う旨の誓約書を差し入れさせた。
(9) 上告人は、米国ポロ社から、前記(7)の警告に加えて、平成7年7月10日付けで上告人の外商部門あてにも同旨の警告を受けたが、なお被上告人との取引を継続していたところ、同年10月24日、上告人及び被上告人は共に福岡県警察本部から商標法違反及び不正競争防止法違反の疑いで強制捜査を受けるに至った。
(10) 被上告人の上告人に対する平成5年11月16日から平成7年10月までの間における本件商品を含む衣料品の卸売分の同年12月時点の売買代金残高は、8961万8891円を超えていた。
3 上記事実関係の下において、上告人は、被上告人の本訴請求は、犯罪を構成する商品の売掛代金の請求であるから、公序良俗に反し、許されないなどと主張した。
原審は、上告人の前記取引の違法性に関する認識、上告人がこの取引により利益を得たこと等に照らすと、本件代金請求が公序良俗に反するとはいえないなどとして、この主張を排斥して、被上告人の本訴請求を認容すべきものとした。
(筆者注:以下が最高裁の見解)
4 しかしながら、原審のこの判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記事実関係によれば、本件商品の販売は不正競争防止法に違反し、かつ、遅くとも平成6年8月以降は商標法にも違反するところ、本件商品の取引は、衣料品の卸売業者である被上告人と小売業者である上告人との間において、本件商品が周知性のある米国ポロ社の商品等表示と同一又は類似のものを使用したものであることを互いに十分に認識しながら、あえてこれを消費者の購買のルートに乗せ、米国ポロ社の真正な商品であると誤信させるなどして大量に販売して利益をあげようと企てたものというべきであり、この目的を達成するために継続的かつ大量に行われ、警察から商標法違反及び不正競争防止法違反の疑いで強制捜査を受けるに至るまで継続されたものであることからすれば、その犯意は強固なものであったといわなければならない。
不正の目的をもって周知性のある他人の商品等表示と同一又は類似のものを使用した商品を販売して、他人の商品と混同を生じさせる不正競争を行い、商標権を侵害した者は、不正競争防止法及び商標法により処罰を免れないところ、本件商品の取引は、単に上記各法律に違反するというだけでなく、経済取引における商品の信用の保持と公正な経済秩序の確保を害する著しく反社会性の強い行為であるといわなければならず、そのような取引を内容とする本件商品の売買契約は民法90条により無効であると解するのが相当である。
5 以上によれば、被上告人は本件商品の売買契約に基づく残代金の支払を請求することはできないものというべきであり、この支払を命じた原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法が原判決中被上告人の上告人に対する本訴請求を認容した部分に影響を及ぼすことは明らかである。
論旨は理由があり、原判決中被上告人の上告人に対する本訴請求に関する部分は破棄を免れない。
そこで、本件については、被上告人の本訴請求に係る売買代金残額のうち無効とされるべき本件商品の売買に係る残代金額について、更に審理を尽くさせる必要があるので、これを原審に差し戻すこととする。」
【判例のポイント】
1.不正の目的をもって周知性のある他人の商品等表示と同一又は類似のものを使用した商品を販売して、他人の商品と混同を生じさせる不正競争を行い、商標権を侵害した者は、不正競争防止法及び商標法により処罰を免れないところ、本件商品の取引は、単に上記各法律に違反するというだけでなく、経済取引における商品の信用の保持と公正な経済秩序の確保を害する著しく反社会性の強い行為であるといわなければならず、そのような取引を内容とする本件商品の売買契約は「民法90条」により無効である。
2.本件卸売業者は、本件小売業者に対して、本件商品の売買契約に基づく残代金の支払を請求することはできない。
【ワンポイントレッスン】
いわゆる「偽ブランド品」の売買契約の有効性が問題となった。
卸売業者も小売業者もどちらも、不正競争防止法など行政取締法規に違反したワルなのだが、民法上の売買契約としての有効性は別問題である。
この点、本判決は、本件商品の取引は「経済取引における商品の信用の保持と公正な経済秩序の確保を害する著しく反社会性の強い行為である」ことを強調して、「民法90条:公序良俗違反」により無効とした。
最近、知的財産権の重要性が社会的に認識されるようになり、そのような世相を反映した判決といえる。
【試験対策上の注意点】
択一対策としておさえておこう。
民法と行政法の両方にかかわる判例である。