【判旨】
「本件は、被上告人が、賃借していた建物の賃貸人が死亡した後にその相続人であるなどと主張する複数の者から賃料の支払請求を受けたため、過失なくして債権者を確知することができないことを原因として供託をした後、その取戻しを請求したところ、供託金取戻請求権は各供託の時から10年の時効期間の経過により消滅したとしてこれを却下されたため、その取消しを求めている事案である。
弁済供託は、債務者の便宜を図り、これを保護するため、弁済の目的物を供託所に寄託することによりその債務を免れることができるようにする制度であるところ、供託者が供託物取戻請求権を行使した場合には、供託をしなかったものとみなされるのであるから、供託の基礎となった債務につき免責の効果を受ける必要がある間は、供託者に供託物取戻請求権の行使を期待することはできず、供託物取戻請求権の消滅時効が供託の時から進行すると解することは、上記供託制度の趣旨に反する結果となる。
そうすると、弁済供託における供託物の取戻請求権の消滅時効の起算点は、過失なくして債権者を確知することができないことを原因とする弁済供託の場合を含め、供託の基礎となった債務について消滅時効が完成するなど、供託者が免責の効果を受ける必要が消滅した時と解するのが相当である(最高裁昭和40年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁参照)。
本件においては、各供託金取戻請求権の消滅時効の起算点は、その基礎となった賃料債務の各弁済期の翌日から民法169条所定の5年の時効期間が経過した時と解すべきであるから、これと同旨の見解に基づき、その時から10年が経過する前にされた供託に係る供託金取戻請求を却下した処分が違法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。」
【判例のポイント】
1.弁済供託における供託物の取戻請求権の消滅時効の起算点は、「過失なくして債権者を確知することができない」ことを原因とする弁済供託の場合を含め、供託の基礎となった債務について消滅時効が完成するなど、「供託者が免責の効果を受ける必要が消滅した時」と解するのが相当である。。
2.本件においては、各供託金取戻請求権の消滅時効の起算点は、その基礎となった賃料債務の各弁済期の翌日から民法169条所定の5年の時効期間が経過した時と解すべきである。
【ワンポイントレッスン】
1.最大判昭45.7.15
供託金取戻請求権の消滅時効の起算点に関する、有名判例であり、過去問でも出題されている。
「…債権の消滅時効が債権者において債権を「行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行ス」るものであることは、民法一六六条一項に規定するところである。
しかし、弁済供託における供託物の払渡請求、すなわち供託物の還付または取戻の請求について「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要と解するのが相当である。
けだし、本来、弁済供託においては供託の基礎となつた事実をめぐつて供託者と被供託者との間に争いがあることが多く、このような場合、その争いの続いている間に右当事者のいずれかが供託物の払渡を受けるのは、相手方の主張を認めて自己の主張を撤回したものと解せられるおそれがあるので、争いの解決をみるまでは、供託物払渡請求権の行使を当事者に期待することは事実上不可能にちかく、右請求権の消滅時効が供託の時から進行すると解することは、法が当事者の利益保護のために認めた弁済供託の制度の趣旨に反する結果となるからである。
したがつて、弁済供託における供託物の取戻請求権の消滅時効の起算点は、供託の基礎となつた債務について紛争の解決などによつてその不存在が確定するなど、供託者が免責の効果を受ける必要が消滅した時と解するのが相当である…
弁済供託が民法上の寄託契約の性質を有するものであることは前述のとおりであるから、供託金の払渡請求権の消滅時効は民法の規定により、一〇年をもつて完成するものと解するのが相当である。」
2.本判決
「債権者不確知」を理由とする弁済供託の場合も、1の判例の射程に入ることを明らかにした。
本事例について当てはめてみると、以下のようになる。
賃料債務の弁済期到来
↓
誰が本物の債権者かわからないので、賃料を供託
↓
賃料債務の弁済期の翌日から5年経過=賃料債務が時効消滅(169条)=供託者が免責の効果を受ける必要が消滅した時=供託金の払渡請求権の消滅時効の起算点
↓
さらに10年経過すると、供託金の払渡請求権は時効消滅(167条1項)。
【試験対策上の注意点】
有名論点であり、択一問題での出題可能性が高い。供託の基礎知識も復習しておこう。