【判旨】
「1 本件は、上告人が被上告人から農地を買い受け、農地法5条所定の転用許可を条件とする条件付所有権移転仮登記が経由されたのち、22年以上同許可申請が行われなかったところ、被上告人が、上告人の同許可申請手続協力請求権が時効により消滅したと主張し、当該農地の所有権に基づく妨害排除として、上告人に対し、同仮登記の抹消登記手続を求めている事案である。
原審(東京高裁:筆者注)の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1)被上告人は、原判決物件目録記載の土地(以下「本件農地」という。)を所有していた。
(2)上告人は、昭和52年7月17日、被上告人との間で、本件農地を代金800万円で買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
本件売買契約においては、昭和54年3月31日までに農地法5条所定の転用許可(以下「本件許可」という。)の申請手続を行う旨が約されていた。
(3)上告人は、被上告人に対し、昭和52年7月23日までに本件売買契約の代金を完済した。
(4)本件農地につき、昭和52年7月19日売買(条件 農地法5条の許可)を原因とし、上告人を権利者とする、条件付所有権移転仮登記が経由された。
(5)上告人は、本件売買契約が成立した直後には自ら本件農地を管理していたが、その後被上告人に管理を委託し、平成元年11月ころからは、被上告人に対し、年5万円の賃料で本件農地を貸与し、被上告人は本件農地の耕作を再開した。
(6)本件許可申請手続を行うべき期限として合意された昭和54年3月31日を経過しても、上告人は被上告人に対して、本件許可申請手続に対する協力を請求しなかった。
(7)上告人は、被上告人との間で、平成3年11月15日付けで、本件農地につき、賃料年5万円、期間2年間とする賃貸借契約書を交わし、さらに、平成5年11月15日、これを更新して同様の賃貸借契約書を交わした。
(8)本訴において、上告人は、本件売買契約の直後から本件農地の占有を開始し20年間占有を継続したことにより本件農地の所有権を時効取得した旨主張して、本件農地の取得時効を援用し、被上告人の所有権を争った。
2 原審(東京高裁:筆者注)は、大略次のとおり判断して、本件農地の所有権を時効取得した旨の上告人の抗弁を排斥し、被上告人の本訴請求を全部認容した。
(1)本件許可がない以上、本件売買契約によっても本件農地の所有権は上告人に移転せず、なお被上告人に保留されている。
(2)本件売買契約において、本件許可が必要であることが明示され、登記簿上も本件許可を条件とする条件付所有権移転仮登記がされているのであるから、上告人の占有における所有の意思の内容も、条件付の所有権取得の意思であったと認められる。
したがって、同条件が未成就である以上、上告人の占有における所有の意思も不完全な所有の意思であったと認めざるを得ず、上告人の占有は完全な所有の意思を欠くものというべきであるから、上告人による本件農地の時効取得を認めることはできない。
(以下、最高裁の見解:筆者注)
3 しかしながら、原審の上記2(2)の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
農地を農地以外のものにするために買い受けた者は、農地法5条所定の許可を得るための手続が執られなかったとしても、特段の事情のない限り、代金を支払い当該農地の引渡しを受けた時に、所有の意思をもって同農地の占有を始めたものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、上告人は、本件売買契約を締結した直後に本件農地の引渡しを受け、代金を完済して、自らこれを管理し、その後は被上告人に管理を委託し、又は賃貸していたのであるから、本件許可を得るための手続が執られなかったとしても、上告人は、所有の意思をもって本件農地を占有したものというべきである。
4 以上によれば、上告人の本件農地の占有につき所有の意思を欠くものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
論旨はこれと同趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。
そして、前記事実関係によれば、上告人は、20年間の占有の継続により本件農地の所有権を時効取得したというべきであり、被上告人の本訴請求は理由がないことに帰するから、第1審判決中上告人敗訴部分を取り消した上、同部分につき被上告人の本訴請求を棄却することとする。」
【判例のポイント】
1.農地を農地以外のものにするために買い受けた者は、農地法5条所定の許可を得るための手続が執られなかったとしても、特段の事情のない限り、「代金を支払い当該農地の引渡しを受けた時」に、所有の意思(民法162条)をもって同農地の占有を始めたものと解する。
2.これを本件についてみると、上告人(買主)は、本件売買契約を締結した直後に本件農地の引渡しを受け、代金を完済して、自らこれを管理し、その後は被上告人(売主)に管理を委託し、又は賃貸していたのであるから、本件許可を得るための手続が執られなかったとしても、上告人(買主)は、所有の意思をもって本件農地を占有したものというべきである。
【ワンポイントレッスン】
通常の宅地の売買であれば、当事者(売主・買主)の意思表示のみで、有効に所有権が移転する(民法176条)。
しかし、転用目的の「農地」売買については、農地法の規定により、都道府県知事の許可(行政法における講学上の認可)を得なければ、所有権が移転しないこととなっている。
本件では、土地売買契約が結ばれ、買主が代金も支払い、いったん引渡も受けたが、この許可をもらうのをさぼっているうちに、20年以上経過した。
売主は、まだ許可もらっていないから、俺の土地だと主張。
買主は、自分が20年以上占有したから、取得時効(162条)が成立している、と主張。
買主に162条「所有の意思」があったといえるか、つまり、自主占有といえるかが、問題となった。
農地の場合は、許可が未了であれば、自主占有とはいえないとも考えられるが、最高裁は結論として、所有の意思ありとして、取得時効の成立を認めた。
理論的根拠は明確ではないが、「代金の支払い」が済んでいる場合は、買主をより保護すべきだという、実質判断があったと思われる。
【試験対策上の注意点】
「取得時効」という重要論点に関する判例であり、出題可能性が高い。ぜひ押さえておこう。