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今年狙われる重要判例
民法14 (5/2)
(最判平13.11.27=H13重判・民法14=判例六法・415条9番)

 乳房温存療法による手術を希望していた乳癌の患者に対して、十分な説明を行わないまま、担当の医師が手術を実施したとして、医師の説明義務違反による損害賠償(民法415条・709条)が問題となった事案である。

【論点】
 新しい治療法と医師の説明義務(民法415条・709条)

【判旨】
「(1) 医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される。
 本件で問題となっている乳がん手術についてみれば、疾患が乳がんであること、その進行程度、乳がんの性質、実施予定の手術内容のほか、もし他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などが説明義務の対象となる。
 本件においては、実施予定の手術である胸筋温存乳房切除術について被上告人が説明義務を負うことはいうまでもないが、それと並んで、当時としては未確立な療法(術式)とされていた乳房温存療法についてまで、選択可能な他の療法(術式)として被上告人に説明義務があったか否か、あるとしてどの程度にまで説明することが要求されるのかが問題となっている。

(2) ここで問題とされている説明義務における説明は、患者が自らの身に行われようとする療法(術式)につき、その利害得失を理解した上で、当該療法(術式)を受けるか否かについて熟慮し、決断することを助けるために行われるものである。
 医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には、患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上、判断することができるような仕方でそれぞれの療法(術式)の違い、利害得失を分かりやすく説明することが求められるのは当然である。
 しかし、本件における胸筋温存乳房切除術と乳房温存療法のように、一方は既に医療水準として確立された療法(術式)であるが、他方は医療水準として未確立の療法(術式)である場合、医師が後者について常に選択可能な他の療法(術式)として説明すべき義務を負うか、また、どこまで説明すべきかは、実際上、極めて難しい問題である。
 一般的にいうならば、実施予定の療法(術式)は医療水準として確立したものであるが、他の療法(術式)が医療水準として未確立のものである場合には、医師は後者について常に説明義務を負うと解することはできない
 とはいえ、このような未確立の療法(術式)ではあっても、医師が説明義務を負うと解される場合があることも否定できない。
 少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。
 そして、乳がん手術は、体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術であり、手術により乳房を失わせることは、患者に対し、身体的障害を来すのみならず、外観上の変ぼうによる精神面・心理面への著しい影響ももたらすものであって、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものであるから、胸筋温存乳房切除術を行う場合には、選択可能な他の療法(術式)として乳房温存療法について説明すべき要請は、このような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比し、一層強まるものといわなければならない。

(3) 本件についてこれをみると、被上告人は、開業医であるものの乳癌研究会に参加する乳がんの専門医であり、自らも限界事例について1例ながら乳房温存療法を実施した経験もあって、乳房温存療法について、同療法を実施している医療機関も少なくないこと、相当数の実施例があって、同療法を実施した医師の間では積極的な評価もされていること、上告人の乳がんについて乳房温存療法の適応可能性があること及び本件手術当時乳房温存療法を実施していた医療機関を知っていたことは、前記のとおりである。
 そして、上告人は、本件手術前に、乳房温存療法の存在を知り、被上告人に対し本件手紙を交付していることは前記のとおりであり、原審の認定によっても、本件手紙は、乳がんと診断され、生命の希求と乳房切除のはざまにあって、揺れ動く女性の心情の機微を書きつづったものというのであるから、本件手紙には、上告人が乳房を残すことに強い関心を有することが表明されていることが明らかであって、被上告人は、本件手紙を受け取ることによって、乳房温存療法が上告人の乳がんに適応しているのか、現実に実施可能であるのかについて上告人が強い関心を有していることを知ったものといわざるを得ない。
 そうだとすれば、被上告人は、この時点において、少なくとも、上告人の乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を被上告人の知る範囲で明確に説明し、被上告人により胸筋温存乳房切除術を受けるか、あるいは乳房温存療法を実施している他の医療機関において同療法を受ける可能性を探るか、そのいずれの道を選ぶかについて熟慮し判断する機会を与えるべき義務があったというべきである。
 もとより、この場合、被上告人は、自らは胸筋温存乳房切除術が上告人に対する最適応の術式であると考えている以上は、その考え方を変えて自ら乳房温存療法を実施する義務がないことはもちろんのこと、上告人に対して、他の医療機関において同療法を受けることを勧める義務もないことは明らかである。

(4) 以上の点からみると、被上告人が本件手紙を受け取る前に上告人に対してした前記2(3)の説明は、乳房温存療法の消極的な説明に終始しており、説明義務が生じた場合の説明として十分なものとはいえない
 したがって、被上告人は、本件手紙の交付を受けた後において、上告人に対して上告人の乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を説明しなかった点で、診療契約上の説明義務を尽くしたとはいい難い

5 以上によれば、原審の判断には、診療契約上の説明義務の解釈を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。」

【判例のポイント】
1.一般的にいうならば、実施予定の療法(術式)は医療水準として確立したものであるが、他の療法(術式)が医療水準として未確立のものである場合には、医師は後者について常に「説明義務」を負うと解することはできない。
2.とはいえ、このような未確立の療法(術式)ではあっても、医師が「説明義務」を負うと解される場合があることも否定できない。
3.少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを「説明すべき義務」がある。

【ワンポイントレッスン】
 いわゆるインフォームド・コンセントが問題となった事例である。
 筆者は男であるが、乳癌の手術によって乳房を切除された女性の精神的ダメージは、想像を絶すると思われる。
 乳房を切除しないで済む、新しい治療法があるのなら、それを望むのは当然であろう。
 しかし、乳房温存療法は、欧米に比べて日本ではかなり遅れていたようであり、本件では「未確立の療法の説明義務」という形で論じられた。

 最高裁は、一般的に常にそのような説明義務はないとしつつも、「少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務がある」とした。

【試験対策上の注意点】
 近年その重要性が認知されるようになったインフォームド・コンセントにかかわる判例であり、債務不履行または不法行為の問題で出題される可能性がある。
 余裕があれば、判例のかかげる要件を覚えておけば万全である。

(大剛寺)

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