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第2回 ロッカービー事件―(1)ICJ、管轄を認容March 1998
翻訳・要約 杉原龍太  
 1998年2月27日、国際司法裁判所は、リビアが英・米それぞれを相手どって1992年3月3日に提起した2つの事件に管轄権があると裁定した。裁判所は、1988年にスコットランド・ロッカービー上空で発生したパンナム機103便の爆発事件の本案審理の手続を進める。270人の生命を奪ったこの事件は、二人のリビア人テロリストの仕業とされ、彼らは1991年11月に、コロンビア地区大陪審に起訴されている。事件後、英米を常任理事国とする国連安保理は、裁判のために二人の被告を引き渡すよう要求し、リビアに対して経済制裁を課す決議を採択した。リビアの主張によれば、リビアは、当事者間で適用可能な唯一の条約たる「1971年9月23日の民間航空機の不法な安全阻害防止のためのモントリオール条約」のみを遵守してきたが、米国は、当該条約に違反し、その適用を妨げようとしている、という。モントリオール条約(以下、モ条約)は、容疑者の身柄を発見した領域国に対して、国内裁判所で訴追するか関係国へ引き渡すかの義務を課している。リビアは、すでに2人のリビア人の被告が、モ条約に従ってリビア法の下で訴追の権限ある当局に服しており、リビア憲法は、彼らの引き渡しを禁止している、と主張する。以下の議論では、被告国・米国に関わる事件に焦点を据える。二つの独立した訴訟の判決は、実際的目的から同一のものである。

 リビアの申請は、裁判所の管轄権の根拠たるモ条約14条1項により提起されている。当該規定は、以下のようである。

 この条約の解釈・適用に関する締約国間の紛争で、交渉によって解決することのできないものは、それらの締約国のうちいずれか一国の要請によって仲裁に付託される。紛争当事国が仲裁の要請の日から6ヶ月以内に仲裁の組織について合意に達しない場合には、それらの紛争当事国のうちいずれか一国も、国際司法裁判所規程に従って国際司法裁判所に紛争を付託することができる。

 リビアは、裁判所に対して以下のことを宣言するよう請求する。リビアがモ条約上の義務を完全に遵守していること。米国が同条約の多くの規定に違反していること。米国は、それらの違反及び米国での裁判に2人のリビア国籍の者を引き渡すよう強制するためにリビアに対して行っている武力による威嚇、武力の行使をやめなければならないこと。

 1995年6月20日、米国は、以下の旨、先決的抗弁を提起した。(1)裁判所は管轄権を欠いている、(2)リビアの申請に受理可能性はない、(3)リビアの請求は、もはや目的を失いムート化した。裁判所規則によれば、先決的抗弁の提起により、主要な訴訟手続は自動的に停止し、裁判所は訴訟進行前にこの抗弁について裁定しなければならない。

(1) 裁判所の管轄権

 米国は、モ条約14条の条件は、リビアによって守られていないことを主張する。その理由の第一は、当事者間にいかなる法律的紛争(legal disputes)も存在せず、とにかくモ条約の解釈・適用に関する紛争ではないから、という。米国の見解によれば、事件は、二国間の見解の相違ではなく、国家テロにより生じた国際の平和と安全の維持に対する脅威の問題であるから、モ条約は、関連するもの(relevant)ではない、という。一方、リビアは、モ条約は、パンナム機事故に適用可能な唯一の法的文書であり、米国はその適用を妨げようとしていると主張した。

 裁判所は、リビアがモ条約14条を遵守し、その主張は米国の主張に積極的に対立している、とみなした。裁判所の見解では、パンナム機事故がモ条約によって規律されるかどうかに関して、裁判所が決定すべき紛争が当事者間には存在する。この一般的紛争(general dispute)とは別に、裁判所は、訴追の場所(7条)1及び刑事訴訟手続に関する援助(11条)2に関するモ条約の特定規定に関する特定的紛争(specific disputes)が存在することも認定した。

 裁判所は、モ条約14条の根拠のもとで、リビアが非難する米国の行為の合法性について、当該行為が条約に違反するかに限って、決定することができると認定した。

 米国は、たとえモ条約がリビアの主張する権利を付与しているとしても、当該権利に安保理決議748(1992)3及び883(1993年)4がとってかわり、国連憲章5によってモ条約から生じるあらゆる権利義務に優越するから、この権利は行使しえない、と主張した。いずれにしても、当該決議の採択が意味することは、唯一存在する紛争が、全体としてリビアと安保理の間にあり、モ条約14条1項の外にある、ということである。しかし、裁判所は、二つの決議が、リビアの裁判所への申請の期日より後に採択されたことを指摘する。唯一関連する(relevant)申請の期日において、裁判所は管轄権を有する、という。

 結局、裁判所は、13対2で、米国の管轄権に対する抗弁を斥け、裁判所がモ条約14条1項に基づいて管轄権を有することを認定した。

(2) リビアの申請の受理可能性(admissibility)

 米国は次のように主張した。リビアは、裁判所に事件を提起することで、安保理が決議731(1992)6、748(1992)及び883(1993)の下でとった措置を無効にしようとしたのであり、モ条約によるリビアの請求は、当該決議にとってかわられたのである、と。しかし、リビアはこう主張する。裁判所は国連憲章にしたがって当該決議を解釈しなければならないし、国連憲章は、安保理がリビアにその内国民を英・米に引き渡すよう要求することを禁止している。いずれにせよ、米国の主張は、専ら先決的性格を有さず、従って紛争の本案の側面において決定されるべき諸問題を提起する、と。

 裁判所は、申請の受理可能性を認定するための決定的期日(critical date)は、申請が提起された期日、本件では1992年3月3日であるとして、リビアに同意した。決議748と883は、1992年3月3日よりも後に採択された。決議731については、申請が提起される前に採択されたとはいえ、拘束的効力のない単なる勧告(recommendation)である。結局、裁判所は、12対3で、安保理決議748と883を援用する米国の受理可能性の抗弁を斥け、リビアの申請が受理可能なものであると認定した。

(3)安保理決議の介入がリビアの請求目的を失わせたという抗弁

 米国は、安保理決議748(1992)と883(1993)の後からの採択によって、リビアの請求がすでにムート化され、リビアの求める救済は得られない、と主張した。これら拘束力ある決議の効果により、リビアの請求についてのいかなる判断も実際的目的をなくしてしまう。

 裁判所は、申請提起の後の出来事によって目的が失われ、事件が本案審理において裁かれないということについて、米国に同意する。裁判所は、米国の抗弁を裁判所規則79条7項の「先決的抗弁」としての資格をもつものであると認定した。けれども、リビアと米国は、米国の抗弁が裁判所規則79条7項7にいう「専ら(exclusively)」先決的性質のものかどうかという問題で意見が相違している。裁判所は、抗弁が先決的側面と本案に関連するその他の側面とを含むものであるならば、抗弁は「専ら」先決的なものではなく、それゆえ本案段階で扱われるべきことを指摘した。裁判所は、リビアの本案における権利が、本案判決に進まないような決定をすることで影響を受けるだけでなく、多くの点で、決定のまさに主題を構成することを考慮した。この観点から、米国の抗弁は、本案と、抜きがたく織り込まれており(inextricably interwoven)、少なくとも密接に連結している。

 結局、裁判所は、リビアが求める救済を排除すると決定して先決的段階で事件を実質的に解決しようとする米国の要請を斥けた。米国は、先決的抗弁の提起によって、裁判所規則8に従って本案審理への手続の自動的停止を導く手続上の選択を行った、と裁判所は指摘した。

 裁判所は、10対5で、以下のことを宣言した。安保理決議748と883により目的を失わせたゆえに、リビアの請求がムート化したという米国の抗弁は、事件の状況においては、専ら先決的性質をもたず、本案段階で審理されうるものである、と。

 裁判所は、米国による反論提起のための新しい期限を設定する。

 判決全文は、ICJのウェブサイトで入手できる。9

ロッカービー事件Time line
1988/12/21 英国上空で米国籍航空機が爆破。英米政府は犯人がリビアの情報機関の者であるとして、リビア政府に引渡を請求。リビアは、事件調査には協力するが、自国民の外国への引渡はリビア法に基づき拒否。
1992/1/18 リビアはモントリオール条約14条に基づく仲裁手続を要請。仲裁要請から半年以内に合意しない場合には、ICJに付託できるとして、同条約の解釈適用の問題とした。
1992/1/21 安保理はリビアが効果的に米英の要請に応じるよう促す決議を採択(決議731)。
1992/3/3 リビアは、仲裁申請から半年たたないうちに、ICJに提訴。
1992/3/31 弁論終結後、安保理は、憲章7章に基づき平和に対する脅威を認定、 一連のリビアに対する非軍事的制裁措置を決定した(決議748)。
1992/4/14 ICJ、リビアの仮保全措置要請を却下
1993/11/11 安保理決議883 リビア在外資産凍結、石油精製輸送施設貯蔵禁止
1995/6/20 米英は裁判所の管轄権について先決的抗弁提起
1998/2/27 ICJ、本案審理への管轄権認容の判決。
1998/3/20 安保理、ICJの決定について議論。
裁判所は、リビア制裁決議の合法性を問題としたのではないし、安保理決議の停止や審査を要求してもいない(米国代表)。
航空機の旗国米国、犯行地国英国、被疑者の本国リビアをめぐる管轄権をめぐる紛争jurisdictional dispute(インド代表)。
1998/3/30 ICJ本案審理における米英の反論提起は12/30までの期限とする。
1998/8/24 米・英・蘭・リビアの間で仲裁裁判合意
 オランダ・ハーグにおいて、スコットランド法に基づきスコットランドの裁判官によって二人の被告を裁判する旨。
安保理、二人の容疑者が引き渡された場合には制裁停止、と決議。オランダでの公判に被告が現れない場合は、追加的制裁を科す。ただし、期日は指定せず。
リビアは、オランダでの裁判受入同意を再確認し、3つの条件を提示。
 (1)被告は有罪の場合、第三国で刑に服すること。
 (2)引渡によって制裁が停止ではなく解除されること。
 (3)裁判は軍事施設・基地で行われてはならないこと。
1998/10/21 安保理、制裁維持を決議
 容疑者引渡で初めて制裁は停止されること。
 できるだけ早くオランダでの公判のために引渡を要請。
 英米は被告が有罪の場合スコットランドでの服役を主張。
1998/11/9 事務総長の法律チームが裁判手続の明確化
1998/12/17 ICJ、米英の反論提出の期限を99/3/31まで延長すると決定。
1999/3/19 南アのマンデラ元大統領が、リビアが4月6日までに、容疑者を国連に引き渡す旨事務総長に約束したと表明。
1999/4/5 二人の容疑者の身柄がオランダに移送され、引渡が実現。
安保理は、リビアに対する制裁を即時停止。
1999/4/6 ICJスポークスマン、「事件はリビアによってもたらされた。それを取り下げるのもリビアしだいである。リビアは主権国家である。裁判所はそのようなものとして扱い、裁判所からリビアそのものに歩み寄るようなことはない」と声明。
1999/7/1 ICJ、リビアに対して、英米の抗弁に対する答弁を許可。期限を2000/6/29と決定し、それに対する再反論を英米にも許可。
 
 
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